ホグワーツ特急に乗って

 ガタンゴトンと走るホグワーツ特急と、重いトランクとでよろめきながら、名前とハンナは空いているコンパートメントを探した。引きずっているトランクは重く、運ぶこと自体は辛かったが、名前はコンパートメントを探しながら歩くのは好きだった。楽しそうに話している生徒達を見るのが久しぶりだということもあるが、新学期の初日なのだ。みんなが、特に一年生達がワクワクと期待に胸を高鳴らせている様を見るのはとても楽しかった。
 二人が空いているところはないか、とコンパートメントの中を覗き覗き歩いていると、少し先にあったコンパートメントのドアががらりと開いた。
「名前、ハンナ」
 名前達を呼んだのは、同級生のスーザン・ボーンズだった。
 彼女の手招きに従ってコンパートメントの中に入ると、約二ヶ月ぶりの面々が揃っていた。スーザン・ボーンズ、アーニー・マクミラン、ジャスティン・フィンチ−フレッチリーだ。
「君達、一体何処で道草喰ってたんだい?」アーニーが、半ば呆れながら聞いた。やれやれと肩を竦めてみせるのが実に彼らしい。芝居がかった言動は彼の癖だった。

 二人の荷物を見たジャスティンが「手伝うよ」と言って席を立ち、名前とハンナのトランクを荷物棚の上に乗せるのを手伝ってくれた。どうやら彼は、この夏の間に身長がいくらか伸びたようだった。今まで以上に見上げなければならなかったからだ。
 ジャスティンのおかげで大分楽にトランクを乗せることができた。鳥籠がいくつか重なって少々狭かったが、みんな少しも気にしなかった。
「貴方達の席、ちゃんと取ってあったのよ」
 クスクスと笑いながら言ったのはスーザンで、彼女は席を詰めて二人が座れるようにした。名前とハンナがちゃんと腰掛けたのを見計らったアーニーが、揚々と口を開いた。
「ハンナも名前も、変わりないみたいで良かったよ」

 五人は暫く、色々な事を話し合った。夏休みに何があったか、宿題はいつ頃終わったか、三年生から許可されるホグズミード村はどんな所だろうか等々……――本当に、色々な事をだ。しかし名前がハンナの家に泊まりに行った事を始め、皆は夏休みをどうやって過ごしたか、その事が一番盛り上がった。
 アーニーは家族でアイルランドの親戚を訪ねに行ったらしく、その時に撮った写真を皆に見せてくれた。写真の中の一番のチビがアーニーで、彼自身はその事をひどく気にしているようだったが、写真の中のアーニーは従兄弟だという青年と、肩を組んで楽しそうに笑っていた。ジャスティンは家族全員でドウブツエンやらビジュツカンやらにたくさん行ったらしい。家族みんなで何処か行けるのはジャスティンの居る休みの間だけで、目一杯遊んだのだそうだ。マグル式の写真は動かなかったが、ドウブツエンがその名の通り動物を集めた場所なのだと聞いて、名前は興奮した。スーザンは特別に何処かへ行ったという訳ではなかったが、伯母のアメリアが家に訪ねて来た時に、ホグワーツではまだ習わないようなちょっとした呪文を色々教えて貰ったそうだ。
 スーザンの杖の先から数羽小鳥が飛び出したのを切っ掛けに、皆は思い出したように自分の杖を取り出した。夏休みの間は、魔法を使う事を許されていなかったからだ。授業の時は触りたくもないと思ってさえいるのに、名前も嬉々として、自分の杖を手に取った。


「凄い事になってるね」声の主が苦笑しながら言った。
「ワオ――セドリック、久しぶり」
 そう言いながら名前は仕返しとばかりに杖を振り、アーニーの着ている服を全て真っ赤に染め上げた。

 車窓から見える景色は段々と変わってきていた。マグルの街を抜け、村を抜け、川を越え、森を走り、ホグワーツへと向かう。いつしか高層ビルは消え、田園風景が広がっていた。
 がらりとコンパートメントの扉を開けて顔を覗かせたのは、名前の二つ年上の先輩のセドリック・ディゴリーだった。汽車の旅はまだ半分以上残っているというのに、彼は既に黒いローブを身に纏っていた。彼の胸元には黄色と黒のネクタイが巻かれている――つまり、ハッフルパフカラーだ。
「お揃いごっこかい?」セドリックが名前に聞いた。
 名前の髪の毛がアーニーの服と同じ、燃え盛るような赤色になっていたからだろう。
「違うさ。僕がちょっとイメチェンしてやっただけだよ。でも、名前がひどいんだ。――ねえ、これ一体、どうやって戻すんだい?」
 いまだ笑っている名前に代わり、アーニーが答えた。全身真っ赤な服に身を包んでいる彼は、季節外れのサンタクロースと言えるかもしれなかった。体型もこの中では一番サンタに近いだろう。改めてアーニーに尋ねられた赤毛の名前は、にやっとした。
「どうやってかな」
 ハンナが思わず笑うと、他の三人も釣られて笑い出した。アーニーだけは不愉快そうに押し黙った後、今度はセドリックに助けを求めた。快く承知したセドリックは杖を振り、たちまちアーニーの服を元に戻した。
「やだな、どうせなら全身ピンクにしてやるぐらいのユーモアが無くっちゃ」
「えっ」
 困ったように聞き返したセドリックに、名前はすぐに「冗談だよ」と言うしかなかった。

「どうしたんだいセドリック。わざわざこんな所に来て」
 無理矢理平常心を取り戻そうとしているアーニーが、改まった調子でそう聞いた。しかしそれは、どちらかと言えば失敗している。幾分普段よりも血色の良いアーニーの顔を見てニヤニヤ笑いながら、名前はセドリックの返事を待った。
「ああ、それが――」
「――監督生バッジだ!」
 自分が聞いたのに、それの答えを遮ってまでアーニーが言った。そう――セドリックのローブには、真新しいピカピカのバッジが二つついていた。黄色と黒で飾られたPの文字は、まさしくアーニーが言った通り、ハッフルパフの監督生の証だ。もう一つは、同じく黄色と黒で彩られた、クィディッチ・キャプテンの証のバッジ。
 五年生は寮から男女一人ずつ、監督生が選ばれることになっている。その内の一人にセドリックは選ばれたのだ。それに彼は、クィディッチ・チームではシーカーを務めている。去年までのキャプテンが卒業してしまったから、次のキャプテンを選出する必要があった。セドリックよりも年上の選手は居たと思うし、バッジを二つも与えられる人は稀だと思うのだが、しかし、何せ、セドリックだ。少しも不思議ではなかったし、改めて考えてみればそれが自然な気さえする。
 皆の視線が一挙にセドリックに集中し、一斉にお祝いの言葉が飛び交った。セドリックは無遠慮な視線に嫌な顔をするでもなく、また生徒達の羨望の対象を二つも手にしてふんぞり返るでもなく、ただ少しだけ気恥ずかしそうにはにかんだ。
「ウワー、セドリックおめでとう!」アーニーが言った。
「ありがとう、アーニー」
 セドリックは微笑んでそう言った。

「そうか……監督生だから、車内の見回りに来たんだね」
 すっかり話し込んでいるアーニーとセドリックを見ながら、ジャスティンが名前に言った。が、それに答えたのはスーザンだった。
「どうかしらね。見回りだけで、わざわざコンパートメントの中に来るかしら」
 訳知り顔だ。名前の方を向いてにやにやしだしたハンナを無視し、名前はセドリックに「キャプテンにも監督生にもなるなんて素敵! おめでとう!」と言った。こちらの様子を少しも見ていなかったアーニーはいきなり言った名前を不思議そうに見たが、名前は気にしなかった。
「ありがとう、名前」セドリックは再び微笑んで言った。


 セドリックが名前達のコンパートメントを去った後、驚くほど早く次の訪問者がやってきた。同じ顔をした、赤毛の二人組だ。セドリックが去り際に、少しだけ訝しげな顔をした理由は彼らが原因だったらしい。
 彼が去ったすぐ後に、フレッド・ウィーズリーとジョージ・ウィーズリーがコンパートメントに顔を覗かせた。フレッドとジョージはセドリックと同い年(つまり名前の二つ上)で、自分達ハッフルパフ寮の生徒と違ってグリフィンドール生だ。わざわざ年下の、しかも他の寮の集団が居るコンパートメントに用があるらしい二人を、セドリックは不審に思ったのだろう。
「やあ名前」双子の一人、フレッドが名前に、片手を上げて挨拶した。
 その隣にいたジョージも、「ご機嫌麗しゅう」と名前に声を掛けた。以前と変わらない二人の様子に、名前はプッと吹き出した。くすくすと笑うと、二人は同じようににやりと笑った。
「――そう、それで僕らが君らの友人をちょっとばかし借りたとしても、君らは僕らを恨めしく思ったりしないよな」
 フレッドが一番手近に居たハンナに聞いた。
「そうそう、僕らが背を向けた瞬間に杖を向けるなんてしないよな――少しで良いんだけど、僕らのコンパートメントに来てくれないか? 此処からちょっと前の方にある」
 ジョージがジャスティンにそう言って、最後の一言は名前に付け足した。名前がハンナ達を見回すと、皆が皆一様に「行っておいでよ」という顔をしていた。
「杖を向けるって誰の事?」名前は立ち上がりながら、ジョージに聞いた。
「スリザリン生さ」
「なるほどね」

「ハンナ、カートが来たら、あたしの分の蛙チョコレート買っておいて」
「いいわよ」
 ハンナが呆れたような顔をして、諦めたような声で言った。
「――貴方に友達がいっぱい居る事なんて、私達みんな知ってるわ」

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