二年生の終わり

 ハグリッドの小屋から見るホグワーツというのも、また格別だった。
 名前はハグリッドが淹れてくれた紅茶を飲みながら(出してくれたロックケーキにだけは手を出さなかった。一年生の時に挑戦してみて、危うく歯が折れてしまうところだったのだ)、窓の外を眺めた。もうすぐ、このホグワーツとも暫くお別れだ。
 ジャスティンよりも浮かれている人間はここに居た。アズカバンというのはそれほど辛い場所だったらしく、今の彼は鼻歌まで歌っている。実にご機嫌だ。名前にロックケーキやらイタチサンドイッチやらを、食べきれないほどたっぷりと御馳走してくれているのがその証拠だろう。
 ハグリッドはいつまでも鼻歌を歌っていた。あまり上手とは言えないそれを聞きながら、名前は再び紅茶を一口飲んだ。
「お前さん、何か溜め込んじまってるのか?」
「お前さんが此処に来るときは、何かしら抱え込んどる時だ」と言いながら、ハグリッドは特大のソファにドスンと腰を下ろした。ハグリッドにまとわりつくのをやめたらしいファングは、今度は名前の方にやってきて、名前の膝の上に顎を置いた。どうやら今度は名前のローブを涎でべたべたにするつもりらしい。「どうも、俺よりも名前に懐いちまったらしいな。あんなに尻尾振って喜んどる」
「そうだ、名前。ファングの世話をずっとしとってくれて、ありがとうよ。おかげでファングは、骨にならなくて済んだ。マクゴナガル先生も褒めちょったぞ」
 ハグリッドが、にっこりと笑いながら名前に言った。
「ううん。どういたしまして」

 名前が言うと、ハグリッドは再び微笑んだ。それからぐびりと喉を鳴らして、彼は紅茶を飲む。名前はマグカップに注がれた紅茶に映った自分の顔を見下ろしながら言った。
「わたし、本当にジニーを助けたのかな」
 ハグリッドは驚いたような顔をした。
「お前さん、何を言っちょる。ジニーはハリーやお前さんが助けに行かなんだらとっくに死んどったんだ。前は……前ん時は、女の子が一人死んだんだ。あの子が死なずに済んだっちゅう保証はねえ。それを、ジニーが無事だったんは、まぎれもなくお前さん達のおかげだろう? 最近じゃ、ジニーはいっつも飛び回っちょる。ありゃあアーサーの血だな……。元気にしとるんだ。何を今更、お前さんが悩む必要がある?」
「うん……でももっと、早くジニーを助けることも出来たかもしれないのに」
 ハグリッドは少しだけ目を見開き、そして口を閉じた。
 名前はまた一口、紅茶を飲んだ。マグカップの白い底が微妙に歪んでいる。ハグリッドがたっぷりと砂糖を入れてくれたのだろう、上手く溶けきらなかったらしい。いつまでも自分は子ども扱いされるのだな、と思いつつも、名前はハグリッドの心遣いに感謝した。きっと疲れた様子の名前に、いつもよりも甘めに淹れてくれたに違いない。名前はマグカップを小さく揺すった。
 とごっていた砂糖が、じんわりと紅茶に溶け出した。
「そりゃ……そいつはお前さんが悩む事じゃあねえ」ハグリッドが言った。

「確かに、もっと前にジニーを助けてやる事は、もしかしたら、出来たかもしれん。でもな、今、みんな此処に居る。そんだけで充分に幸せじゃねえか? 名前は違うか? みいーんな、笑っちょる。それだけで、俺は充分だと思う。もしジニーが蛇に喰われっちまったなんて事になっちまってたら、みーんな沈み込んどるに決まっちょる。……まあフレッドとジョージ・ウィーズリーは、大人しいぐらいが理想なんだがな」
 名前が思わず小さく吹き出すと、ハグリッドは髭もじゃの顔をニッコリさせた。


 もうすぐ魔法を自由に使える時間が終わってしまうので、ホグワーツ特急の中で、皆は思い思いに魔法を掛け合っていた。
 去年上級生達が一年の終わりにブツクサ言っていたのが、名前にもようやく解った。ホグワーツなんて慣れてしまえば子どもの城で、先生方や管理人のフィルチやその飼い猫のミセス・ノリスに隠れて魔法を使う事が、どんなに楽しい事か!
 楽しい夏休みに自由に魔法を使えないという事は、ホグワーツの生徒達にとって二番目に憂鬱な事だった。一番目は勿論、大量に出される宿題だ。その事を談話室でぼやいていると(その居心地の良い談話室とも、もうじきお別れだ)セドリックは言った。「けれどすぐに、宿題だって楽しくなるよ」。魔法をうっかり使ってしまっても、言い訳になるからね、と。どこぞの双子がいつもそうするように、彼は名前に悪戯に微笑んでみせた。

 皆が好き勝手に魔法を掛け合ったおかげで、コンパートメントの中は酷い有様になっていた。アーニーがうっかり重たい教科書を浮かせて突進させてしまったので、窓ガラスには蜘蛛の巣状のひび割れが出来ていたし、スーザンとジャスティンはお互いに紫色の瘤を作り合っている。名前もそのお祭り騒ぎに便乗しない筈は無く、名前が呪文で倍々に増やしていく元バーティー・ボッツの百味ビーンズが、今は大量のコマドリになっている。ハンナだけは魔法で巫山戯たりしなかったけれど、やはり彼女も楽しそうに、くすくすと笑っていた。
 五人で占領したコンパートメントはどんどんと酷くなっていったが、皆の機嫌は最高潮に達していた。それはハッフルパフがスプラウト先生が寮監になってから初めてでもある、初の最下位脱出を果たしたからでもあったし、石になった被害者達が復活したお祝いにと期末試験がキャンセルされたからでもあったし、ついにジャスティンがホグワーツを去るその日まで機嫌の良さをキープしていた事も関係していた。ジャスティンがいつでもにこにことしているので、ハッフルパフのみんなにもそれが移ってしまった。おかげでみんな、馬鹿みたいな事にも大笑いできた。
 名前はと言えば、一週間も経つ頃には『救世主』と呼ばれる事にも慣れていた。フレッドとジョージが「其処をどけ! ハッフルパフの救世主殿のお通りであるぞ!」などとからかうのにもすっかりと慣れていて、一緒になって救世主面をするぐらいだ。もっともその双子だって、今はもうすっかり飽きてしまったのだけれど。

 キングズ・クロス駅までの旅は案外呆気ないものだ、という事で全員の意見は一致した。
 9と4分の三番線のホームに着くと、皆は皆に、別れを告げた。ジャスティンの両親はマグルだから柵のこちら側には来られないので、彼はホームに着くとすぐに皆にさよならを告げ、マグルの駅の方のホームへと走っていった。アーニーはすぐに自分の両親を見つけ、重いトランクを引きずりながら駆け寄っていった。スーザンは人が少なくなるまでと迎えに来た伯母さんを説き伏せ、ホームに人数が疎らになる頃、伯母の付き添い姿くらましで帰っていった。
「名前、夏休みは家に遊びに来てね。保護者の方は、あなたが私の家に泊まるのって許してくれるかしら? 私、名前と買い物にも行きたいし、あなたが家に来てくれたら、夏休みがもっと楽しくなるわ」
「もちろん、行くわ。もし駄目だって言われたら、抜け出しても行く! ……冗談だよ、ハンナ。あたしが親友の家に遊びに行くのを、わざわざ止めたいって思う人は居ない、そうでしょ?」
 名前が言うと、ハンナは驚いたように少しだけ目を丸くしてから、にっこりと微笑んだ。
「ええ、そうね。梟便を出してね。家には梟が居ないから、名前からの手紙を待ってるわ」
「もちろん。デメテルが帰って来たら、マッハで手紙を出すから」
 二人は笑い合って、そして約束した。


 ハンナを迎えに来たのは彼女の母親だった。ハンナと同じ金色の髪をしていて、人の良さそうな丸顔は彼女にそっくりだ。ハンナのお母さんはこちらもにっこりとしてしまいそうな微笑みを浮かべ、名前に優しく笑いかけた。名前は一目見て、アボット夫人が大好きになった。
 優しそうなアボット夫人と共に去っていったハンナを見ながら、名前は自分が寂しがっている事に気が付いた。どうやらいつのまにか、ホグワーツが大好きになってしまったらしい。あの雄大な城も、とても広い校庭も、名前が大好きな禁じられた森も、ホグワーツに入学してから出来た友達も。去年は全然そんなこと思わなかったのに。
 自分の保護者がまだ迎えに来ていない、という事も理由の一つかもしれないな。
 そんな事を思いながら、名前はキングズ・クロス駅の9と4分の3番線で、ゆっくりと名付け親を待つことにした。

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