過ぎ去った際会と待ちに待った再会

 ロンと共に漸く向こう側が見えるようになってきた、そんな小さな穴を慎重に掘り広げながら、名前は後ろで鼻歌を歌っているロックハートを盗み見た。彼は随分と、機嫌が良さそうだった。手伝ってくれれば良いのに、と名前が呟くと、ロンがすぐに否定した。記憶を失っているとはいえ、何をしでかすかわからないから、と。

 ハリーの喋った蛇語のおかげで、秘密の部屋への入口は開いた。名前達はすぐに、秘密の部屋を目指して入口をくぐり、長く暗いパイプを滑り降りた。恐らく湖の下にあるのだろうと思われるこの場所は陰気くさく、どうしてサラザール・スリザリンはこんな場所にわざわざ秘密裏に部屋を作ったのか、全く持って理解できなかった。
 広く空いた空間に横たわるバジリスクの抜け殻に一通り驚いてから、皆は――つまり、名前とハリーとロンの事だ――ロックハートの異変に気付いた。死んだジニーを目にした名前達三人が、哀れにも気が触れてしまったという事にしてしまおうと言って、ロックハートはロンの杖を振り上げていたのだ。しかし彼が奪い取ったのは壊れているロンの杖だった為、放たれた『忘却呪文』は逆噴射し、ロックハート自身に掛かってしまった。
 それだけならばまだ良かったのだが、吹き飛ばされたロックハートが壁に激突した衝撃で、秘密の部屋へと通じる通路は固い岩で閉ざされてしまった。運良く秘密の部屋側にいたのはハリーただ一人で、名前とロンは、ハリーが戻ってきた時の為に少しでも穴を広げておく事にしたのだった。

 ハリーを一人で行かせるのは心配だったが、しかしだからこそ、ハリーとジニーに「お帰り」と言うために、帰り道を用意せねばならなかった。


「思ったのはね」名前は、心底疲れ果てていた。
「穴を掘る為の呪文をちゃんと覚えておけば良かったって事。前に本で読んだもん。『トリック好きのためのおいしいトリック』、あれに載ってた気がするもの。……あーあ、爪の中の泥が取れないわ」
 土やら埃やらでべた付いた髪の毛を煩わしく思いながら、名前は自分の体中が、汗や泥でどろどろのぐちゃぐちゃになっている事に気が付いた。もっともロンだって同じようなものだ。彼は未だに出てくる冷や汗を、そのどろどろローブの裾で拭っている。
「無茶言うなよ。君があそこで穴を掘る呪文なんて唱えてたら、きっと僕たち、本当に湖の藻屑になってたぜ。まあでも、君がアレを上手い具合に爆発し損ねたおかげで、丁度ハリーとジニーが通れるだけの穴が開いたんだけど。案外馬鹿みたいな事するんだな、名前って。でも、あそこごと全部崩れちゃったらどうするつもりだったんだ?」ロンはやれやれと首を振った。
「ホグワーツに隠されし秘密の部屋にて、生徒四名とその他一名死亡……予言者はネタに困らなかったろうさ」

 堅い岩盤がそのまま落ちてきた岩の数々は名前達二人がいくら掘っても全く歯が立たず、名前はついに、以前に貸して貰って読んだ六年生用の基本呪文集に載っていた、爆破の呪文を使った。うろ覚えだった。結果的に、その爆破の呪文は失敗に終わったのだが、中途半端に爆発が起きたおかげで、人一人が通るには大きすぎる程の、かなり大きな隙間が出来たのだった。
 そしてその暫く後に、ハリーがジニーを連れて戻ってきた。ジニーも、ハリーも無事だった。ロンは両手を上げて歓声を上げたし、名前も同じように、二人が生きて無事に戻ってきた事を祝福した。ハリーの目の前に何処からともなく現れたという、不死鳥のフォークスに皆で掴まり、名前達五人は秘密の部屋から脱出した。
 名前達が秘密の部屋に入った時から待っていてくれたのだというマートルは、手洗い台の側の床に尻餅を着いた五人を、釈然としない顔で出迎えてくれた。名前はその時のマートルの様子を思い起こそうとして、同時に笑ってしまいそうになった。
「なんだ、戻って来ちゃったの。わたし、あんたが死んだら、此処に住まわせてあげようと思ってたのにな。そっちの人達も名前の友達だっていうなら、個室の一つぐらい貸してあげても良いって思ってたのよ」

 ダンブルドア校長が停職になってしまったという事実は皆の頭に(もっとも、ロックハートからはもちろん抜け落ちていたが)深く刻み込まれていたので、名前達は副校長であるマクゴナガル先生の部屋に向かった。しかしそこに居たのは、皆の予想に反してマクゴナガル先生だけではなかった。部屋の中にはジニーとロンの両親、ウィーズリー氏とウィーズリー夫人が居て、そしてダンブルドアも居たのだった。
 ウィーズリー親子の感動の再会の後、ハリーが秘密の部屋での出来事を全て皆に話した。ハリーが姿の無い声を聞き、それがバジリスクだと言うことに気付いたこと。ロンと名前と共に禁じられた森に入り、そこでアラゴグという名の蜘蛛が、バジリスクに殺された女の子が何処で死んだかを話してくれたこと。死んだ女の子が嘆きのマートルで、彼女が今も尚棲んでいる、三階の女子トイレに秘密の部屋への入り口があるのではないかと三人が考えたこと。
 その場にいた皆が、ハリーの語る奇妙奇天烈な話に聞き入っていた。もしこれが、何か冒険小説のワンシーンだと言われたとしても、皆が信じたかもしれない。しかし名前には、そこにいる誰もが、ハリーの話を一言一句聞き漏らさずに、そして彼の言っている事を全て信じているのだということが解っていた。

 ハリーは少しも休まず、起きたことの全てを語った。やはり女子トイレが部屋への入り口で、四人は長いパイプを滑り降りて下まで向かったこと。ちょっとした事故が起きて、自分一人で秘密の部屋に向かわなければならなかったこと。バジリスクと対峙した時に、フォークスが組み分け帽子を持って現れたこと。古い組み分け帽子の中から、一振りの剣が現れたこと。そしてその剣で、バジリスクを貫く事が出来たということ。ハリーは一度、そこで言葉を途切らせたが、ダンブルドアが助け船を出した。
「わしが一番興味があるのは、ヴォルデモート郷がどうやってジニーに魔法をかけたかということじゃ」
 ダンブルドアが言ったのを聞いて、ハリーは一冊の、黒い小さな本を差し出した。日記のようだった。穴が開いている。ただ、その本には大量の血が染み込んでいて、元通りにすることはできなさそうに思えた。
 トム・リドルという名の例のあの人、ヴォルデモート郷の事をダンブルドアは語った。

 名前はダンブルドアが話し始めたとき、前に廊下で出会ったスリザリンの監督生の事を思い出した。もしかしたら、アレがトム・リドルだったのかもしれない。あの監督生とはあれ以来、一度も会ってはいなかったし、それどころか意識して探してみても、見つけることはできなかった。
 マンドレイクがどれぐらいで使えるようになるのか、リドルだったなら知りたかった筈だ。被害者達が元に戻れば、自分達を襲ったのはバジリスクだと証言するだろうから。そうなれば、きっとダンブルドアなら、アラゴグに証言を聞かなくても、蛇がパイプを使って移動していた事や、そして秘密の部屋への入り方などを予測することができただろう。
 自分でスプラウト先生に聞きに行けば済むだろうに、という妙な違和感は、どうやら名前の想像通りで合っていたようだ。遠出する程の魔力は使いたくなかったに違いない。それに、もし教師などに出会ったりしたら、バレてしまうかもしれないのだ。そんな危険を冒してまで聞く程の事ではない筈だ。偶々近くに居た低学年の女子生徒に、しかもジニーとは違う寮の生徒に聞いた方が、よっぽどばれにくいというものだ。実に狡猾な策だ。『記憶』が『実体化』していたのならば、名前から栞を掠め取るなんて容易なことだったに違いない。

 ジニーがウィーズリー夫妻と共に保健室へと行き、マクゴナガル先生が宴会を催す準備をと伝えるため厨房へと向かった後、ダンブルドアは名前達の方に向き直った。
「わしの記憶では、君たちがこれ以上校則を破ったら、二人を退校処分にせざるを得ないと言ったのう」ダンブルドアが、ハリーとロンを見ながら言った。
 二人は新学期初日の、盛大な登場を思い出したらしい。二人の体中に緊張が走ったのを名前は見た。
「どうやら誰にでも過ちはあるものじゃ。わしも前言撤回じゃよ」ダンブルドアは微笑みながら、今度は名前を含めた三人を見ながら言った。
「三人とも『ホグワーツ特別功労賞』が授与される。それに――そうじゃな――うむ、一人につき、二○○点ずつ、グリフィンドール、そしてハッフルパフに与えよう」
 三人は一瞬ぽかんとして、そして三者三様驚き合った。
 名前はハリーとロンを、特に血だらけになっているハリーを見ながら、ダンブルドアに言った。
「でも先生、私、何にもしてません」
 名前の予想に反し、ダンブルドアはにっこりと微笑んで、そして言った。
「ミス・名字、君はたった一人で、誰かを救う事ができるかね? 君が誰かの為に、何もしなかったとでも言うのかね? 君はジニー・ウィーズリーの為を動き、そしてジニーはそれにとても感謝したのじゃ。誰からも見放されると思いっておったジニーが、君の笑顔に暖かく迎え入れられた。ジニーがそれだけで、どれほど救われたじゃろうか。君のしたことが、万人に出来ることだとは思ってはいかんぞ。君はとても気高く、勇敢な事をしたのじゃ。愛という力に導かれてのう。君は――君達は、一人の少女の命と、彼女自身を救ったのじゃよ。わしは、彼女の為を思い歩んだ君達に、賞賛を与えたいのじゃ」


 ダンブルドアが名前とロンに、ロックハートを医務室に連れて行ってくれと頼んだので、名前は今こうしてロンと共にホグワーツの廊下を歩いているのだった。こんな時間に(今はもう、真夜中に近い時間だった)徘徊している二人の二年生を訝しんでいるのだろう、壁に掛かった絵画の主達がチラチラと自分達を見ている事に二人とも気付いていたが、二人は不思議な達成感のような誇らしい気持ちに包まれていたので全く気にしなかった。
「まぁ何にしろ、君がバジリスクを見れなくて残念だなんて――」
 いつの間にか、二人は医務室の扉の前に辿り着いていた。急に言葉を途切らせたロンに名前は不審な目を向けてから、彼の視線の先を追った。
 彼が目にしたものを認識した瞬間、名前も凍り付いた。
「――ハーマイオニー!」

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