トリック!

 コートとマフラーが手放せなくなって来たというのに、寒がりな私はまたも暖炉前の一番人気のソファーに座れなかった。今居るのは暖炉から少しだけ離れた壁向きのソファだ。上級生達がたむろしている特等席の机周辺は、空いている事があるとすれば休暇の時くらいだった。私は長期休暇にホグワーツに残った事がなかったから、これは聞いた話だけど。いっそ今度のクリスマス、家に帰らず一冬中暖炉前を独占してやろうか。いや止めよう、すごく空しい。
 黙々と読み進めていた本の紙面が、ふと陰る。
「やあこんにちは、ご機嫌いかが?」
「どうして談話室になんて居るんだい? 折角のホグズミードだぜ」
「ねえ知ってた? ここ、貴方達の寮じゃないわ」
 知ってるさ、とフレッドとジョージ・ウィーズリーは口を揃えて言った。
「そういう事、言いっこなしさ」
「それに、僕らは悪戯仕掛け人だぜ?」
 はあやれやれ、とそっくりの赤毛の男は芝居がかった動作をした。
 フレッド・ウィーズリーとジョージ・ウィーズリーがこうしてハッフルパフの談話室に忍び込んでくるのは、今回が初めてではなかった。むしろ、本当はハッフルパフ生なのではないかと疑ってしまうくらい、彼らは頻繁に入り浸っている。侵入者である筈のウィーズリーの双子を見ても、周りの生徒達はまたかという顔をするだけだった。もちろんハッフルパフの談話室は、入り方さえ知っていれば誰でも受け入れるわけだが――。
 私は自分がウィーズリーの双子に気に入られている事を、嫌々ながらも知っている。
 多分、一年生の時に初めて悪戯を仕掛けられた際に飛び上がらんばかりに驚いてしまったからだろう。もしくは一年生の時に二度目に悪戯を仕掛けられた際に尻餅を付いてしまうくらい驚いてしまったことか、それとも一年生の時に三度目に悪戯を仕掛けられた際に驚かないよう堪えながらも結局は叫び声を上げて驚いてしまったことか、何にせよそういった事が気に入られてしまった原因だと思っている。
 私も勿論、最近ではそうやってオーバーなリアクションを取る事はないのだが、刷り込みと言えばいいのか、ウィーズリーの双子からは良い反応を返す標的と思われているようだし、五年生になった今でも彼らとの交遊は続いている。もっとも私は、フレッド・ウィーズリーとジョージ・ウィーズリー、未だに見分ける事はできないが。

 私は左右のフレッド・ウィーズリーとジョージ・ウィーズリーの存在を軽く無視しながら、周りの寮生達を見回す。皆が関わるまいと視線を逸らした。ふと同級生の監督生と目が合うが、彼もすぐに視線を外した。ちくしょうディゴリー覚えてろよ、今度のクィディッチの時、ショッキングピンクの旗でド派手に応援してやるからな。
 一人掛けのソファの両脇に、のし掛かるようにしているグリフィンドールの双子。その片割れは私が意固地に抱えていた文庫本を、ぽーんと放ってしまった。図書室の本だというのに、マダム・ピンスに怒られたらどうしてくれるんだ。恐いんだぞ。しかし本の頁が折れ曲がっているかどうかより、目の前にずいと顔を覗き込んできたウィーズリーの方が問題だ。
「ミス・本の虫、知ってたかい? 今日はハロウィンだ」
「知ってるわよ。私を何だと思っているの」
 思いの外顔の距離が近かったと、ぐいとフレッドの顔を押しやってから気付く。
 私はこの五年間で、ウィーズリーの双子の付き合い方を嫌と言うほど学んでいた。彼らが付き纏おうと思っている時は、何をしても無駄だ。拒絶したりすればするだけ、彼らはもっとしつこくなる。下手に彼らを拒否するより、諦めて彼らの悪戯や策やらに嵌ってやった方が、彼らの撤退は早いのだ。
「何だ。君のことだから、知らないもしくは興味ないんだと思ったよ」
「どうしてホグズミードに行かなかったのさ? そこら中、南瓜だらけで楽しいぜ」
「別に、誰しもが行きたいわけじゃないわ」
「ま、確かに外は寒いけどさあ」
 私は外が寒いからホグズミードに行かなかったのだとすぐさま当てられ、少しだけ決まりが悪い思いをする。双子のどちらかが、私の左手を自分の両手で握り込んだ。ひんやりとするそれは、私のと違いごつごつとしている。冷たいなあ、とジョージは呟いた。私がしっしと振り払えば、彼は眉尻を下げて苦笑する。
「まあ良いや。トリック・オア・トリート」
「お菓子と悪戯、どっちにする?」
 私は内心で、選択肢なんて無いくせにとぼやく。
「悪戯仕掛け人なんでしょうが。いつでも悪戯三昧じゃない」
「まあね」
「まったくもってその通りだよ」

 双子の悪戯は確かに人が急いでいる時や不機嫌な時でもお構いなしで、質の悪いものでもあったりするが、一番私が参っているのはそんな彼らの事を私が嫌っているわけでないという事を、彼らが知っている事だった。どうも私は、フレッド・ウィーズリーとジョージ・ウィーズリーの事を嫌いになれない。
 私が潔くローブの内ポケットから彼らの襲撃用に備えていたお菓子を取り出すと、フレッドとジョージは喜色を浮かべながらも、意外そうな目をして此方を見た。
「君、ホグズミードには行ってないんじゃなかったの?」
「誰かからの土産とか?」
 彼らがわざわざ手にしたお菓子の出所を尋ねたのは、私が二人にあげたお菓子が、ハニーデュークスのハロウィンお菓子だったからだ。
「別に、門をくぐってわざわざ寒い中歩かなくても、ホグズミードには行けるわ」
「……ぶはっ」
「確かに、その通り!」
 二人は肩を揺らして、思い切り笑った。そっくり同じように笑い転げるウィーズリーの双子は、やはりどちらがどちらだか解らなかった。

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