アーニーの言葉

 イースター休暇が足早に過ぎていった後、ハッフルパフ対グリフィンドールのクィディッチが行われる筈だった日のその次の日も、ハッフルパフ寮はどんよりとした空気を背負っていた。試合が突然に中止されてしまったからだ。
 一番不幸のオーラを背負っていたのは、やはり七年生のチームキャプテンだった。彼にとっては今年がクィディッチ優勝杯を掴むチャンスだったし、次の試合でのハッフルパフの勝率は低すぎた(なんてったって、七本のニンバス2001が相手だ)。チームの皆も、他のハッフルパフ生達も、彼が天文塔から飛び降りたりするのではないかと気が気ではなかった。チームでシーカーを務めているセドリック・ディゴリーも、彼が自分に凍結呪文を掛けてバスルームで溺死するつもりじゃないかと心配しているらしく、幾度となく彼の隣で彼の言い分を聞いていた。
 クィディッチの競技場でマクゴナガル先生の声が響いた時、一番に異議を申し立てたのはグリフィンドールのキャプテンで、一番に体が石のように硬直したのはハッフルパフのキャプテンだった。

 アーニーはそんなクィディッチチームの面々を横目で見ながら、おもむろに口を開いた。そして昨日から何度も言っている、彼なりの考えを話すのだ。
「たとえ、生徒が一度に三十人襲われたって、クィディッチは取りやめるべきじゃないと思うな。あれほどみんなを熱狂させる物はないし、あれのおかげで僕らは一握の不安を拭い去ることが出来ていたんだから。そこのところを先生方は理解してはいないんだ」アーニーは息巻いた。
 昨日、またもやスリザリンの継承者に生徒が襲われた。しかも、また二人同時にだ。襲われた生徒はどちらもやはりマグル生まれで、レイブンクローの監督生と、それからハーマイオニーだった。継承者による犠牲者は、これで六人だった。
 アーニーが少々芝居掛かったように気取って話すことは、一年生の時からの付き合いで知っていた。しかし、次の言葉にだけは名前は我慢することが出来なかった。
「グリフィンドールのグレンジャーがスリザリンの怪物に襲われたからって、ハッフルパフの試合でもあったクィディッチを、止めるべきじゃなかったと僕は思う。彼女達だけの為にホグワーツのみんなが落胆するんだからね。みんな楽しみにしていたし、あれのおかげで忘れていたっていうのもあったのに。一番自寮を贔屓するのはスネイプ先生じゃないかと僕は思ってるけど、マクゴナガル先生だって人のことは言えない、そう思わないか?」
 つらつらと並べられていくアーニーの言葉が最後まで言い終わるのを聞かずに、名前は何も言わず談話室を飛び出した。アーニーの言うことに一々反応していたら切りがないけれど、友達のハーマイオニーの事がそんな風に言われているのを、黙って聞いている事は出来なかった。
 いくつかの視線が追いかけて来たのはわかっていたが、名前は気にせずに談話室の外に出た。しかしそのおかげで、名前は結局当てのないままにホグワーツの城内を一周してしまうことになってしまった。


「で、君はハッフルパフの連中がグレンジャーの事を悪く言うのを聞きたくないから、ここ最近、図書室に居り浸っている訳だな?」
 ノットはやれやれという風に名前を見ながら言ったが、名前はそれを聞かなかった事にした。彼は黙って名前を見続けていたが、やがて手元のレポートへと視線を落とした。名前が何も答えないと判断したのだろう。
 午後の斜光は図書室にも降り注いでいて、名前達が座っている席も、ぽかぽかと暖かかった。
 昼食の時、何かを言いたそうに、もごもごと口を動かしながら名前を見てくるアーニーに、話し掛ける隙も与えず、禄にランチも食べずに、名前は大広間を後にした。「あなた、それだけで平気なの?」と追いかけてくるハンナの声に、おざなりに返事を返しながら名前がやってきたのは図書室だった。そこで偶然にもノットに出会い、こうして彼の隣に座って本を読んでいるのだった。
 スリザリンのセオドール・ノットは、名前の友人と言える関係を持つ人間の一人だった。皆が『馬無し馬車』と呼ぶ馬車の『馬』が、名前とノットには見えているということと、二人とも読書が好きだという共通点から生まれた付き合いだった。
 名前は以前、ホグワーツの図書室にある『クィディッチ今昔』の貸し出しカードに、T・ノットという名前が印されていた事に驚いた事があった。クィディッチなんて泥臭い競技に彼が興味を持つなんて、と驚いたのだ。まるきりインドア派だと思っていた。その事をノット本人に尋ねると、興味の無い事に対しても知識を持っている事は負にならない、となんとも彼らしい答えが返ってきた。インドア派だということは否定しないようだ。名前は笑ってしまったし、その時はノットもつられて一緒になって笑った。
 名前は、彼ならレイブンクローでも十分にやっていけるのだろうと思った事がある。自分の知識欲の及ばないことにまで手を伸ばすのはまさしくレイブンクロー生の特徴だし、何より彼は頭が良かった。確か、総合成績は上位に位置していたと思う(一番は勿論ハーマイオニーだ)。名前が彼に勝てるのは、変身術だけだった。

「まあ、そんな感じかもね」出し抜けに名前が言った。
 ノットの勘の良さに少々驚きながらも、名前は読んでいた本に再び目を落とした。
 興味をそそられたのだろうか。じっと見詰めてくるノットの視線に少々うんざりして、彼の書いていた変身術のレポートの一点を指で示した。
「そこ、違うんじゃない?」
「どれが?」
「杖を右斜め上から振り下ろすのはコガネムシよりもネズミの方が大きいからだけじゃないよ。無脊椎動物と脊椎動物とじゃ、魔法の掛け方が違うの」
 ノットは名前の言ったことをすぐに教科書で確かめ直したようで、脊椎動物と無脊椎動物の違いが書かれている箇所を見つけると、「ああ」と声を漏らした。
「ありがとう」
「どういたしまして。あと、もし変身術を教えているのがフリットウィックならそれで満点をくれるかもしれないけど、マクゴナガル先生じゃ良い点は貰えないと思うよ。斜め右上から振り下ろすのと同時に、無脊椎動物に比べると穴を付くように強く杖を振り下ろさないといけないから」
 気が付いたノットはまたも「ああ」と小さく声を出して、名前の言った箇所の修正に入った。

 名前は不意に、ノットの書く右上がりの角張った文字に、見覚えがある事に気付いてしまった。呪いたいと思いながら見詰めた文字だ。二月の事を思い出して、文句の一つでも言ってやろうかと思ったがやめておいた。あれを送った人物は名前に差出人不明のバレンタイン・カードが届いた事は知っていても、その事でスネイプに減点を貰い、罰則のおまけまで貰ってしまった事は知らないかもしれない。
 「ありがとう」と礼を言ったノットへの「どういたしまして」という名前の返事が妙につんけんしてしまったのは、仕方がないことと言えると思う。
「君を隣の席に呼んだのは正解だったよ」
「何が?」
「ミス・変身術には頭が上がらないってことさ。君、本当に変身術が得意なんだな。それ以外は散々だとスミスがぼやいているのを聞いたけど。君がもしその寛大な心を僕に向けてくれて、僕がマクゴナガル教授のレポートで良い点を取れるように助言してくれたら、僕はとても君に感謝するだろうということさ」
 ノットのその、からかっているのか貶しているのか褒めているのか解らないヨイショの言葉に、名前は彼はまさしくスリザリン生だと実感した。


 ノットと別れて図書室を後にした後、名前はマクゴナガル先生に呼び止められた。
「ミス・名字。一つ頼み事をしたいのですが、よろしいですか?」

 マクゴナガル先生の頼み事というのは、ハグリッドがアズカバンへと連れ去られてしまったので、ハグリッドの代わりにファングの世話をして欲しいという事だった。
 先生の顔を見るに、渋々の決断だったようだ。
「私としてはこのような事態が起こっている時に、生徒を一人で外に出すなどという事をさせたくはありません。しかしハグリッドは動物の世話において、貴方に一番の信頼を置いています。私もそう思います。あなたはとても勤勉な生徒ですし……」
 マクゴナガル先生はちらりと名前の抱えていた本類を見ながらそう言った。以前フリットウィック先生が「ミス・名字は授業中にいつも居眠りしているし、レポートだって三行で終わらせてしまう」と、小言のように愚痴った事には目を瞑るつもりらしい。名前は確かに勤勉な生徒だった。予習も復習も欠かさない。変身術だけは。
「もしよければ、ですが」
「はい先生。私がファングの面倒を見ます」
 二つ返事で言葉を返した名前に、マクゴナガル先生は安心したようだった。滅多に見られない満面の笑みを名前に向けた。
「ええ、そうしてくれると助かります。今朝は私が餌をやりに行きましたが、私も学年末の用意をしなければなりませんから、必ず時間が取れるとは限りません。あなたがそう言ってくれると、とても安心できます。ミス・名字、外に出て良いのは朝と夕の食事の時間だけです。くれぐれも、それ以外の時間に出歩かないよう」

 それだけで終わってくれたら良かったのに、とマクゴナガルが再び口を開いた時に名前は思った。
「ところでミス・名字。このような場所で、一人で何をしているのですか?」
 さっきまでにっこりと微笑んでいた顔が、途端に普段のマクゴナガル先生の顔に戻ってしまった。
 名前は何も言えずに黙り込んだ。そういえば、ここはジャスティンとほとんど首無しニックが襲われた場所の、すぐ近くだった。マクゴナガルはまあいいでしょう、と言い、名前をハッフルパフ寮まで引率してくれた。


 肖像画の穴をくぐり、ハッフルパフの談話室に辿り着いた名前を迎えたのはアーニー・マクミランだった。彼は名前が帰ってきたと解るにパッと椅子から立ち上がり、とても急いだ様子で名前の元に寄ってきた。
「ごめん」アーニーは開口一番、名前に謝った。
「僕、グレンジャーの事を悪く言うつもりじゃなかったんだ。それも君の前で。僕は名前と彼女が仲が良いことを知っていたのに。考え無しだった。少し考えれば解ることだった。ごめん」
 彼の口からきっと事前に考えていたのであろう言葉がすらすらと飛び出た。殆ど一息で言い切ってみせたアーニーは、名前の顔色を窺うように、名前の方を見た。
「『つもりじゃなかった』ってことは、そう『思ってはいる』って事?」
「違う!」
 急いでそう言い切ったアーニーに、自然と微笑みが浮かんでくるのを名前は感じた。
「そう言ってくれるのは嬉しいんだけど、謝る相手が違うんじゃない? アーニー?」
 アーニーは押し黙った。しかし、「明後日に薬草学の授業があるわね?」とわざとらしく言ってみせると、アーニーは観念したように、「ああ」と言ってうなだれた。

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