イースター休暇の終わりに

「そう――……名前、どうせならば占い学を取ると良い。先を見んとする事が、時には意味を成す事もある」

 復活祭の休暇も終わりに近付いてきたある日、名前はと言えば「禁じられた森」の中に居た。一年生の時に初めて入った時から相も変わらず、禁じられた森はとても居心地が良かった。名前も知らないような生き物達のさえずり、揺れる木立、がさがさと動く茂み。見つかったら減点では済まない筈だ。悪ければホグワーツを退学することになるかもしれない。なので、森の中ではあるが端っこに位置する場所に、名前は居た(五十歩百歩という言葉があるが、名前は目を逸らしている)。ハグリッドの小屋が見えるような場所だ。誰かに見つかるような、そんなヘマな真似はしない。何せ名前にはとっておきがあった。
 禁じられた森の中ならば誰にも邪魔されず、ゆっくりと三年次からの選択科目を選ぶ事が出来る、そう名前は思ったのだ。
 名前達二年生は、イースター休暇の間に来年から受講する選択教科を決定することが義務付けられていた。ハッフルパフの談話室に居たのでは、どんな科目が有るのか、それを見る事すら出来なかった。何故なら去年選択したばかりの三年生が自分の経験を語ろうとしてくるし、他の上級生達だってあの教科が良いのその教科は教師が駄目だのと色々と教えてくるからだ。ハッフルパフではそれが他の寮の比ではないのではないかと思うのは、名前だけではないだろう。一年生達だって自分が来年どんな風に選択したら良いのかと思ってジッとこちらを見てくるのだから居た堪れない。談話室ではゆっくり選ぶことなんて出来ないと、名前はハンナとスーザンが上級生達に捕まっているのを見て確信していた。
 しかし、此処なら誰にも指図されず、ゆっくりと科目を選択することが出来る……という考えは甘かった。
「……占い学?」
「そう。占い学です、名前」プラチナブロンドの髪をした彼は、再びそう繰り返した。
 まさか禁じられた森の中でまで、誰かの助言を受けるとは思わなかった。
 此処は森の中では外れた場所に位置していて、何か生き物が、しかもこの森の中で人語を話すのは唯一と言っていいケンタウルスが、こんな場所にまで来るなんて、名前にとって予想外だった。誤算だった。
 彼が他のケンタウルスの仲間達から胡散臭そうな目で見られているのは知っている。しかしヒトとの接触を極端に避けると言われるケンタウルスが、まさか自分からヒトに関わりに来るとは名前だって思わなかったのだ。
 『占い学』というと、イースター休暇の前、魔法薬学の授業で一緒に組んでいたレイブンクローのアンソニー・ゴールドスタインが、名前にそっと言った言葉が思い返される。「従兄弟が言ってたんだけど、どうやら占い学って全くのインチキ教科らしいよ。毎回、何も映らないガラス玉を覗くだけで、何も意味を持たないらしい。まあ、それをトレローニー先生――ああ、その占い学の先生だよ――に言わせれば、心の眼が曇ってるからだとからしいけど。とにかく僕は、占い学よりも数占いをお勧めするな。あっちは理論的な分野なんだって。レイブンクローの大半は数占い学を選ぶみたいだよ」
 アンソニーはそう教えてくれた。しかし名前は正直、占い学だろうが数占いだろうがどちらでも良かった。大好きなドラゴンの関係する仕事に就く為には、占いなんて必要ないのだ。
「……前に、自分達でも星を見間違える事はあるから先見は無意味だ、って言ってなかった?」
「ありがとう」
「何が?」
「私の言ったことを覚えていてくれて」
 付き合いは二年目の筈だが、彼の言動は未だによくわからないところがある。
 ケンタウルスというのは、こういう理解するのに遠回りをしなければならないような、そんな複雑な言い回しをしなければならない生き物なのだろうか? 名前は溜息をつきたくなるのをぐっと堪えた。美しいパロミノの胴体をしたフィレンツェは言葉を続ける。
「確かに、我々ケンタウルスでも星を見間違える事はあります。しかしヒトのやるそれと、我々の占星術とはまた別の物です。ただ、そう……あなたには、占い学を取っておいて欲しい」
「どうして?」
「少しでも、私の目線を知って欲しいのです。名前」
 サファイアの様な青い瞳が名前を射抜いた。こういうの、口説き文句っていうんじゃないのかな。フィレンツェの回りくどい言葉に、名前は閉口した。


 名前は結局、占い学を選ぶ事に決めた。それはフィレンツェに勧められたからでもあったし、ハンナとスーザンが占い学を選んだからでもあった。興味の沸かない授業ならば、友達が居る授業の方が断然いい。
 マグル学と古代ルーン文字学、そのどちらを選ぶか、名前は迷っていた。五つある新教科の内、二つを選ぶことは必須だったが、三つ目は取らなくても構わないことになっていた。しかし名前は名付け親に、学生の内でしか勉強できないのだから、選べるだけ選んでおきなさいと言われていたため、取らなくても良い筈の三つ目の教科を渋々と選んでいたのだ。ついでに、魔法生物飼育学はまっさきに選んだ。選択の余地などない。
 マグル学も古代ルーン文字学も、どちらも学んでみたいと思っていた。マグルの文化を全く知らずにいるという事は思いの外不便だし、古代ルーン文字を学ぶ事によって読書の幅が広がる事は、読書好きの名前にとっては魅力的だった。
 名前はいっそ占い学を削れれば良いのにと考えながら(時間割の関係上、占い学と数占い学、それから残りの三つの教科はそれぞれ別のグループに分けられていて、占い学と数占い学を同時に選ぶ事はできなかったし、魔法生物飼育学とマグル学、古代ルーン文字学を一緒に選択する事も不可能なのだ)、家の本棚にもルーン文字で書かれた本が何冊かあったことを思い出した。
 古代ルーン文字学のチェック覧に印を付けていると、ハンナが感心したように声をあげた。
「名前、古代ルーン文字学って難しいって評判だけど、大丈夫?」
「へーきへーき。いざとなったらばっくれるから」
「そうじゃないわよ」ハンナは今度は、呆れたような声を出した。
 ハンナは魔法生物飼育学か、マグル学を取るかを迷っているようだった。彼女の羽ペンが行き先の定まらぬまま、ぶらぶらと揺れている。
「ハンナはマグル関係の仕事をしたいの?」
「そういうわけではないわ。ただ、マグルのことも興味があるのよ」
 彼らは私達が思いも付かないことをやってみせるでしょう、だからとても興味深いのよ、とハンナは言った。彼女は純血だが、決してマグルを下に見たりなどしない、純血思想の欠片もない魔女だった。名前だってそれは同じだ。曽祖父がマグル生まれだということに関わらず、純血を第一と考えたり、マグルやマグル生まれの魔法族が劣っているなどとは考えない。彼らとは住んでいる世界、見ている世界が違うのだ。ただ、ハンナのそれは名前のエゴイスティックなそれとは違い、慈愛に満ちたものだった。マグル独自の技術を、名前は彼らが魔法を使えない結果故の発展だと考え、彼女は長所を伸ばした結果故だと言う。だからこそ名前は彼女を尊敬しているし、とても好きだと思うのだ。
「ね、だったら魔法生物飼育学を取ろうよ」
「どうして?」
「あたしもあれを取るし、魔法、生物、飼育学だよ? 超楽しいに決まってる。ハンナがどうして迷ってるのか、あたしには見当も付かないわ」
「そりゃ、あなたは魔法生物が大好きだもの」
 ハグリッド並に、とハンナは言ったようだったが名前は気にしない事にした。ハンナは再びうんうんと悩み出した。魔法生物飼育学を取ればドラゴン関係の仕事に就くことが出来るわ、とは、名前は言わなかった。
 どうやら彼女は、魔法生物飼育学では教師も生徒も怪我をする事が他に比べて極端に多い、という情報を何処からか仕入れてきていたようだった。まあ、それは飼育学担当のケトルバーン先生を見れば一目瞭然なのだが。

 名前の視界に、汗と泥とでどろどろになっている姿が入った。
 今さっき肖像画の裏をくぐり抜けてきて、とても疲れている顔をしていたけれど、セドリックは名前の顔を見るなりパッと顔を輝かせ、片手を上げて「やあ」と声を掛けた。
「名前、もう三年時でとる科目は決めたのかい?」
 彼が肩で息をしているように見えるのは気のせいだろうか。きっと気のせいだろう。
「うん。魔法生物飼育学と、占い学と、古代ルーン文字学よ」
「ああ、うん、良い選択だと思うよ。魔法生物飼育学は僕の父さんも勧めてたし、ケトルバーン先生もいい人だよ」
 名前はこの気の良い青年が、自分の父親は魔法省の魔法生物規制管理部部員なのだと教えてくれ、熱心に魔法生物飼育学を勧めてくれたことを思い出した。彼は名前が、ドラゴンを愛してると言っても笑ってくれたし、出来るならレシフォールドに殺されて死にたいと言っても笑ってくれた唯一の人だ。セドリックは名前が魔法生物やそれ以外の動物も大好きなことを知っていて、魔法生物飼育学を勧めてくれたのだった。
「そうだセドリック、魔法生物飼育学とマグル学なら、どっちを選んだら良いと思う?」
「名前、君、マグル学も受けたいの?」
「ううん。あたしじゃなくて、ハンナなの。どっちも良い教科みたいだから、迷ってるのよ」
 セドリックは納得したらしく、成る程と首を縦に振った。そして、ハンナに向かってこう言った。
「魔法生物飼育学も、マグル学も、どちらも良い科目だよ。魔法生物についてもマグルについても、どちらも知っておいて損はないからね。でも、僕の父のように魔法生物に関する職に就きたいのなら、飼育学を取らないといけないよ。それとも、ハンナはマグル関係の職に就きたいって考えてる?」
「いいえ、そうじゃないわ」
「そうか。なら、僕は魔法生物飼育学をお勧めするな。勿論、最終的に決めるのは君なんだから、じっくり考えるといいよ。時間はまだあるからね」
 セドリックはにっこりと微笑んだ。

 ハンナは名前と同じ、魔法生物飼育学を取ることに決めたようだった。ハンナの羽ペンが魔法生物飼育学の横にチェック印を付けるのを見ながら、名前はセドリックに聞いた。
「クィディッチの練習だったの?」
「そうだよ。休暇明けに、グリフィンドールとの試合があるからね」
 名前は泥塗れになっているセドリックを上から下まで見回した。今はハッフルパフのカナリア・イエローのクィディッチ用のローブを脱いでいるが、手や足の先、頬の所にまで泥がこびり付いている。ユニフォームのカナリア・イエローが、泥で黒く染まっているのが容易に想像できた。
「大分しごかれたんだね」
「ああ、うん。ほら、去年のグリフィンドールとの試合で、ハリー・ポッターが五分ぐらいでスニッチを取っただろ? うちのキャプテンはあれに対抗するために、同じポジションの僕を、いつもの倍厳しくする事に決めたようだよ。楽しいんだけど、睨み付けてくるんだから参るよ」
 名前がくすくす笑うと、セドリックも嬉しそうに微笑んだ。
「そうだね、あの人、今年で卒業だもんね」
「最初のクィディッチが十点差だったから、まだ優勝杯には手が届くからね」
 だから余計に燃えてるんだと思うよ、とセドリックは疲れたようにそう付け足した。
「でも、セドリック、先にシャワーを浴びてくるべきじゃないの?」
「……すっかり忘れてたよ」
 セドリックは慌てて駆け出し、そして突然振り返って名前に「じゃあ」と言ったかと思うと、急いでいたからか転がっていた百味ビーンズの空箱を踏み付けて転びそうになった。同級生達にくすくすと笑われながら、セドリックは男子寮の方へとよろけつつ駆けていった。
 その様子をインク瓶の蓋を閉めながら彼の一連の動きを眺めていたハンナは、「彼、結構慌てん坊なのね」と小さく呟き、それから名前の方を向いた。
「出来たわ。結局、占い学と、魔法生物飼育学を取ることにしたの」
 あなたと両方とも同じね、とハンナがにっこりと微笑んだので、名前も嬉しくなってにっこりと笑った。


 この時、グリフィンドール塔ではハーマイオニー・グレンジャーが全ての選択科目のチェック覧に印を付けていたのだが、その事を名前が知るのは次の三年生が始まってからなのだった。

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