闇との遭遇

 名前はその日の授業が全部終わった後、一つ年下のグリフィンドールの女の子、ジニー・ウィーズリーと一緒に図書室に居た。
 数日前に、グリフィンドールの監督生、パーシーに、妹の勉強を見てやってくれと頼まれたからだった。
 彼が言うには、妹の変身術の成績が芳しくなく、しかし自分は忙しくて教える事は出来ない、寮監のマクゴナガルに聞いたところ、名前が年も近く、変身術において一番の成績を収めているからだというのだ。
 名前は告げられた事の内容も信じられなかったし(確かに変身術は得意な科目だが、学年で一番だとは思えない)、それをあのマクゴナガル先生が言った事が信じられなかった。
 ――マクゴナガル先生は、どうやら君のことを随分と気に入ってるみたいだった。

 名前はパーシーが言った事を思い出しながら、ジニーが先程仕上げたレポートに目を通していた。もしかすると、パーシーが気を使って名前を褒めたのかもしれないな。どちらにせよ嬉しい事には変わりがないが。
「ごめんなさい、名前。パーシーがあなたに無理矢理こんな事を頼んでしまって」
 ジニーが申し訳なさそうに言うのを耳で聞きながらも、名前は彼女のレポートからは目を離さなかった。女の子らしい、小さくて丸っこい字が連ねられている。名前には到底真似できない可愛さを秘めている。名前が書く文字は何と言うか、へしゃげている。スーザンやハンナのようにぴしりとして、それでいて可愛く書きたいものだとは思うのだが、なかなか直らない。ジニーの字はどこかで見たことがあるような気がしたが、それが具体的にどこなのかは思い出せなかった。
「いいんだよ、ジニー。あたしもこうやって、一年生の復習になるもの」
 そう答えながら、その返答が名前が二年生分の闇の魔術に対する防衛術を見て貰う事を頼んだ時のセドリックの返事と、ひどく似ている事に気が付いた。むしろ丸っ切り同じだ。彼がそう言って微笑んだように、名前もジニーに微笑んでみせた。
「そうなの? ありがとう」彼女は再び申し訳なさそうに言い、そして礼を言った。
 ジニーはとても疲れているように見えた。付き合いの浅い名前から見てもそれが解るぐらいなのだから、彼女は実際疲れているのだろう。うっすらと隈ができていたし、元気がないようにも見える。覇気がないのだ。課題で疲れているのかもしれないが、一年生の時の宿題などたかが知れている。名前は医務室に行ったらどうかと勧めようかと思ったが、結局何も言わず、「ハイ」とレポートをジニーに返した。
「大体はそれで良いと思う。でも学年末のテストに出るのは筆記だけじゃないから、ちゃんと細かい所まで変身させられるかも大事なんだ」
 名前は言いながら杖を振り、置いてあったジニーの羽ペンをカナリヤに変えて見せた。ジニーは感嘆の声を上げた。もう一度杖を振り、今度はセキセイインコに変える。そしてもう一振りして、元の羽ペンに戻した。
「今のだと『鳥の種類』だけど、うん、もう少しテストには簡単なのが出るかもね。去年あたし達がやったのは、ネズミを嗅ぎタバコ入れに変える事だった。綺麗な嗅ぎタバコ入れほど、点数が高かったみたい。マクゴナガル先生は、デザインのセンスも見てたみたいだったわ」
「そうなの? あたし、それなら自信あるわ。前に授業でアマガエルをボタンに変えたとき、すごく可愛いボタンだ、ってマクゴナガルが言ってくれたもの」
「いいわ。ジニー、もしかしたらタータンチェックの柄をつけたら、点数が上がるかもしれないわよ」
 名前が冗談めかして言うと、ジニーは小さく笑った。

「名前、それって宿題なの?」
 レポートが一段落したのだろう、ジニーが名前の手元を覗き込んでそう尋ねた。丁度、自分が授業に取ったノートを、別のノートへと綺麗に書き写しているところだったのだ。確かに名前の授業メモは、それこそ目も当てられないほど雑に書かれているが、まさか人にやるものまでそうするわけにはいかない。
「ううん。これ、ジャスティン用なの」
「……ジャスティン?」
「クリスマス前に石になった子よ。彼、クラスメートだから」
 間を置いて、「そうなの」と答えたジニーは、何故か先程よりも顔色が悪くなったようだった。
「大丈夫だよ、ジニー。スプラウト先生が、マンドレイクがもうじき成熟するって言ってたから、ミセス・ノリスもコリンもニックもジャスティンも、すぐに元通りになるよ」
「ええ……ええ、そうね」
 ジニーはそう言って、力無い笑みを浮かべた。


「君、これ落としたよ」
 図書室を後にした名前は、声の主を見て一瞬だけ眉根を寄せた。
 名前を呼び止めたのは、見覚えのないスリザリンの男子生徒だった。黒い髪にとてもハンサムな顔立ちで、すらっと背が高く、胸には銀色の監督生バッジが輝いている。
 どこかで会ったことがあったのだろうか。男子生徒はにっこりと、名前に微笑んだ。
 確かに、名前の物である栞を差し出している。挿んであった『魔法薬調合法』から落ちたらしい。ハリーに貰ったヘドウィグの羽で作った栞を、名前は受け取った。
 名前が礼をいうと、スリザリンの男子生徒はどういたしまして、と微笑んだ。
「綺麗な風切羽だ。君の梟かい?」
「違うわ。でも良ければ、貰えるように頼んでみましょうか? 友達の梟のなの」
「いや、ありがとう。けれど遠慮しておくよ」
 男子生徒は何やら口の中で言ったようだったが、名前はマグルでいう、『読唇術』をマスターしている訳ではない。スリザリンの監督生が言ったことは聞き取れなかった。
「……もしかして、ハリー・ポッターかな? そのシロフクロウの持ち主は」
「そうよ。ハリーに貰ったんです。彼女の羽はとても綺麗だから」彼女とは勿論、ハリーのヘドウィグの事だ。
 監督生は再び、にっこりと微笑んだ。
「なるほど。僕の友達から、ハリー・ポッターは純白の梟を持っている、って聞いていたから、もしかしてと思ったんだ」
「そうなの」

 名前は目の前に居る男子生徒のような存在に、今まで遭遇したことがなかった。何を考えているのかさっぱり解らない。それに――それに随分と愛想が良い。知り合いだった気はしないので、名前に対してにこやかに接する理由は無い筈だ。もっともそれが彼の素だというならそれまでだが、それにしては目がまるで温かみがない。
 にこにこと微笑んでいるハンサムなスリザリン生は、やがて再び口を開いた。
「君、マンドレイクがどのくらいで熟成するか、知らないかい?」
 監督生が名前のネクタイを見ながら聞いた。
「ほら、スプラウト教授はハッフルパフの寮監だろう? スリザリンの僕は、あまりそういった情報が入らなくてね。『スリザリンの継承者』騒ぎな訳だし」
「そうですね。スプラウト先生は、マンドレイク達が暖を求めている、というような事を仰っていたので、もうじき熟すのだろうと思います。混乱に乗じて隣の鉢に潜り込むとかで。ほら、今年は去年よりも寒いでしょう?」
「ああ、そうだったね。そうか……だったら、通常よりも早く熟すのかもしれないな。もちろん、スプラウト教授の管理も最善の筈だし。学年末には、全て元に戻るかもしれないね」
 口元に手をやり考えながら話す様は、実に恰好が良かった。まるで――どうすれば自分を一番好意的に見せられるかを知っているかのようだ。
 名前が面食いだったら、彼に惚れ込んでいたかもしれない。しかし名前としてはお顔の良い男性より、同じ話題で――そう、例えば魔法生物なんか――で盛り上がれる男性の方がよほど魅力的だ。「一緒にムーンカーフのダンスを見に行こう」なんて言われたら惚れる。結婚して欲しい。
「君の友達も、きっと夏季休暇が始まる前には元通りになると思うよ」
「そうだと良いんですけど。……どうもありがとう」
 監督生は一瞬驚いたように眼を見開き、そして「どういたしまして」と笑顔で言った。


 良く言えば親しげな、悪く言えば馴れ馴れしいスリザリンの監督生と別れた後、名前は真っ直ぐにハッフルパフ寮へと帰った。
 えげつない「闇の魔術に対する防衛術のレポート」をやり残してある事を思い出したのだ。早く書き上げてしまわないと、折角の週末をくだらないレポートに時間を割かなくてはならなくなる。それに、今日図書室から借りた本だってあるのだ。ロックハートの馬鹿げたレポートと、図書室の蔵書とでは、比べる価値もない。

 「得体の知れない何か」を忘れるかのように、誰も呼び止められないような速さで歩いていればそれだけ重みが無くなると思っているかのように、名前は談話室へと急いだ。
 名前の頭の中には、いつぞやに聞いた台詞が浮かんでいた。
 「スリザリンの監督生は、名前が思ってる通りだと思うけど……デカい奴らばっかりなんだ。そう、フリントみたいな。チーム・キャプテンのさ。解るだろ? それで……そう、あんな連中でも監督生になれるんなら、僕やゴイルもなれるんじゃないかと思っちゃえる感じさ。……まあ多分、ドラコかノットだろうけど」

 スリザリンの監督生は『デカい奴らばっかり』なんだ。
 先学期、クラッブが教えてくれたのだ。アーニーがどうやら監督生に選ばれたいらしく、他の寮の監督生の事も調べてみてあげよう、そう思って、名前はクラッブにスリザリンの監督生達の事を尋ねた。スリザリンでは、なんとなくリーダー格の人が監督生になっている気がした。レイブンクローは文字通りの品行方正な人が多かった。グリフィンドールは正義感が強いタイプがそう成り易いようだった。
 クラッブの言った事は、先程の男子生徒には当てはまらない。確かに背の高い学生だったが、トロールのような「デカい」奴、とは百八十度違う。
 先程の彼はいったい、誰だったのか。ゴーストの類なら良いのだが、生憎と半透明でもなければちゃんと実体だった。名前は自分の出した最悪の考えに蓋をして、厨房の方へと急いだ。


 ハッフルパフの談話室前に、珍客がいた。
「……トレバー?」
 名前の声に気付いたのか、トレバーは軽々とジャンプして、名前の足下へとやってきた。抱き上げて確かめてみると、やはりトレバーらしい。同学年のグリフィンドール生、ネビル・ロングボトムのペットのヒキガエルだ。どうやら、ハッフルパフ寮にまで散歩しにきたらしい。
「あんた、また脱走したわけ?」
 名前が聞くと、トレバーはげろりと鳴いた。それがあたかも「イエス」の返事のようだったので、名前はくすくすと笑ってしまった。トレバーはこうして脱走するのが趣味で、よく飼い主を困らせていた。
 正体不明の監督生や、ロックハートのレポートの事はひとまず置いておく事にした。トレバーをこのまま放置しておく訳にはいかないだろう。名前は結局寮へ戻らないまま、グリフィンドール塔へ続く近道を歩き出した。タペストリーの裏をくぐり、動く階段に丁度いいタイミングで乗り、再び近道の抜け穴を通る。フレッドとジョージのおかげで、ホグワーツの近道の内のおそらく七割は名前の頭の中にインプット済みだった。
 数々の抜け道を、トレバーがしげしげと眺めているように感じたので、名前は再び笑いを漏らした。もしトレバーが抜け道の達人になりでもしたら、ネビルに謝らないといけないな。名前はグリフィンドール塔へと急いだ。

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