親友と幼馴染み

 嘆きのマートルの女子トイレに戻ってきたハリーとロンが目にしたのは、ハッフルパフの名前・名字がハーマイオニーのいる個室の扉をドンドンとノックしているところだった。
「……名前?」とハリーが声を掛けた。
「ああハリー、丁度良いところに! ハーマイオニーをここから出すの、手伝ってよ!」
 そう言いながら、名前は再びドンドンと扉を叩いた。
 名前はハリーとロンが、着ているローブが大きすぎてずるずると引きずっている事に気が付いていた。それにどうしてスリザリンカラーのネクタイをつけているのか。しかし、今はハーマイオニーの方が優先だ。気にした素振りを一切見せずに、今なお閉まったままの個室の戸を叩き続ける。
「ハーマイオニー! いい加減にしなさいよ! ほら、ハリーとロンも帰ってきたわ! わたしが変身術の予習に失敗して、ハーマイオニーに迷惑を掛けたって、マダム・ポンフリーに言うから! ……ハーマイオニー! 変身系の魔法薬は長引けば長引くほど治すのが難しくなってくるのよ!」

 結局、黒い猫のような毛が生え、三角の耳が生え、オマケに長い尻尾まで生えてしまったハーマイオニーを説得し、医務室に連れて行くのには小一時間かかった。クリスマス休暇で生徒は殆ど居ない、だから誰かと遭遇する事もないだろう、と、何度言ってもハーマイオニーはなかなか納得しなかった。ハリーに透明マントを取ってきてもらって、やっとハーマイオニーは首を縦に振ったのだった。ハリーが寮に行っている間に、ロンがハーマイオニーを度々からかい、マートルが始終げらげらと笑っていたのも時間の掛かった一つの原因だろうと思われる。
 マダム・ポンフリーは半ば連れてこられたという様子のハーマイオニーと、名前、ハリー、ロンを順繰りに見回し、きゅっと眉根を結んだが、深くは追求しなかった。ハーマイオニーが元通りに治るまでには暫くかかるらしく、彼女は医務室に入院することになった。マダム・ポンフリー曰く、変身術の失敗なら一瞬で治せるが、魔法薬の誤用であればそうはいかないのだという。見られたくないだろうと配慮の為、マダムはハーマイオニーのベッドの周りに、カーテンを張ってくれた。
 ハーマイオニーが心配したような(なんせ猫の表情なんてわからない)顔をして、名前の方を見た。名前は頷いて、ハーマイオニーが言いたいんだろうということを先に言った。
「大丈夫だよ。もし入院が新学期の授業が始まるぐらいまで長引いたら、あたしがちゃんと、ハーマイオニー用の授業のノートを取っといてあげるからね。多分、寮が違うからって教え方が違ったりなんてしないでしょ」
 一瞬、魔法薬学教師の顔が浮かんだが、名前はそれをすぐに取り消した。「スリザリン贔屓」であるだけで、授業内容自体は変わらないだろう。それに名前もハーマイオニーも、どちらもスリザリン生ではない。
 ハーマイオニーは名前の言葉を聞くと、嬉しそうにありがとうと言った。隣でロンが悲鳴を上げた。
「君、入院中まで勉強するつもりなのか? 折角授業なんか休めるってのに」
「ちゃんと勉強してなきゃ、みんなに置いていかれちゃうわ。でも名前、いいの? ノートを余分に取るのって大変でしょう? なんならこの人達に取ってもらったっていいんだけど」
 『この人達』がぎょっとしたことも、ハーマイオニーは気にしなかった。
「気にしないで。同じ事を二回書くだけでも勉強になるし。それにジャスティンの分のノートも取ってるんだ。彼もハーマイオニーみたいに勤勉家だから、きっと起きてきた時に勉強出来なかった事を悔やしがると思うんだ。勿論あたしじゃなくても良いんだけど、アーニーやハンナ達も忙しそうだから。――二冊だったのが三冊になったって、変わんないよ」
 にっこりして言うと、ハーマイオニーは申し訳なさそうにお礼を言った。

 ハーマイオニーの宿題はハリーとロンが届け、授業のノートは名前が届ける事に決まると、名前達三人は早々に医務室を後にした。マダム・ポンフリーが追い立てるように何度も咳払いをしたり、段々と彼女の纏う空気が危うくなっていくのが解ったからだ。
「しっかし驚いたなあ。ハーマイオニーの奴、真っ黒になってんだもんな。尻尾まで生えちゃってさ! けど名前、君、どうして三階のトイレに居たんだ? わざわざハッフルパフ寮からこっちまで来たのか?」
 大広間へと向かう道すがら、ロンが名前に聞いた。
「ああ……マートルが上機嫌であの辺りをうろついてて、たまたま声を掛けられたんだ。今来ると面白いからって。実際は面白くもなかったけどね。マートルの方は愉快だったみたい。彼女、最近随分と不機嫌そうにしてたから、ハーマイオニーには悪いんだけど、それはそれで良かったぁもね」
 そう言うと、ロンは面白そうにゲラゲラ笑った。
 名前はそれにちょっとだけむっとして、「そう言えば、あんた達はいつまでそんなぶかぶかなローブを着てるの?」と、ロンとついでにハリーに聞いた。二人は何故かぎょっとしたように自分たちの格好を見て、何故か口を濁らせた。
「ほら……コレ、チャーリーのお下がりなんだ」
「チャーリー?」
「うん。今はルーマニアに居る、僕の兄貴だよ。あいつも背が高いから。ハリーのはデカい従兄弟のなんだろ?」そう言いながら、ロンはハリーを肘で小突いた。
「ああ、うん、そうなんだ。あいつビッグだから」
「そうなの。お下がりばっかなのね」
 ロンもハリーも困ったように、ぎこちなく笑った。
 ハリーとロンと別れを告げて二人がグリフィンドール塔に向かったのを見送り、今度こそハッフルパフ寮に向かおうとしたとき、再び用事を、今度は新しく出来た用事を思い出した。放っておいてもフィルチか、それとも誰かゴーストかが、どうにかしてくれるんじゃないかと思ったが、名前は思い直し、小さく溜息を吐いた。人はこういうのを人助け癖とか言うのかもしれない。ハッフルパフ寮へと続く階段へと背を向けるのは、これで三度目だった。


 箒用の物置から、自分の幼馴染みが出てきた時には流石に閉口した。
 中からはドンドンと騒がしい音がしていて、物置の扉の前には二足の靴が置いてある。それは何とも異様な光景だった。
 名前の幼馴染みであり大事な親友――ビンセント・クラッブだ――はホグワーツの箒用の物置から、友人のグレゴリー・ゴイルと共にごっちゃになって倒れ込んだ。真っ白い雪が降りしきるクリスマスだというのに、彼らは蜘蛛の巣やら何やらでどろどろだった。二人に降りしきるのは同じ白でも大量の埃だった。物置を開けるのに使ったアロホモラと、もんどり打って出てきた彼らを綺麗にするのに使った清め呪文、スコージファイは、数多くある呪文の中でも最も便利な呪文なんじゃないかと名前はこの時思った。
「げほっ……名前?」
「……大丈夫?」
 まだクラッブの鼻の頭に埃が付いているのを見つけたので、名前はハンカチで拭ってやった。「ありがとう」と名前に言う幼馴染みに「どういたしまして」と返してから、二人は足が箒に引っ掛かって出て来られないでいるゴイルの救出に向かった。

「で、どうして二人はそんな所にいたの?」
 クラッブもゴイルも、あーとかうーとか言って口を濁らせた。
「それが、わからないんだ。気が付いたら狭い箒置き場に押し込められてて」
 ゴイルも「そうなんだ」と落ちていた自分の靴を履きながらクラッブに同意した。
 名前は先程のハーマイオニーやハリーとロンの様子を思い出して一瞬迷ったが、「そうなの」とだけ返事をしておいた。クラッブは名前の手前で直接的に名前の友達のハーマイオニーや他のマグル生まれの子達を悪く言うことはしないが、それ以前にスリザリンとグリフィンドールの仲は悪い。あなたが物置に閉じ込められていたのはきっとグリフィンドールのポッター達がやったのだろう、と言う訳にはいかないだろう。それを聞いた二人が、どんな反応をして、どんな行動を起こすかは目に見えていた。それに、さっきのハーマイオニーを思い出したら、名前は何も言えない。
「そうだビンセント、ハニーデュークスのお菓子、ありがとうね。あたしあれ、大好きなんだ」
「僕もだ。どういたしまして、名前。君からのプレゼントもありがとう」
 名前はクラッブと、それからゴイルへも、ハニーデュークスのお菓子の詰め合わせを送っていた。クラッブから、自分が送ったものと全く同じものが送られてきた時には、配達梟が間違ったのかと名前は一瞬思ってしまった。
「まさか全く同じやつとはね」
「好きでしょ? 通信販売で悪かったとは思ったけど」
「ああ、それで、そん中で一番安い」
 どうやらクラッブも、名前と同じくカタログを取り寄せて注文したらしい。二人はくすくすと笑い合った。ハニーデュークスはホグズミードに構えているお菓子屋で、名前達は来年になれば、直接店に行ける筈だった。そういう決まりになっているからだ。
「あの……僕にもお菓子ありがとう、名前」
「どういたしまして。こちらこそプレゼント、ありがとうね」
 名前は彼のくれた百味ビーンズの詰め合わせを思い浮かべながら、気後れ気味に微笑んでいるゴイルに向かってにっこり笑った。

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