秀才少女の失敗

 クリスマスの朝、名前は普段よりも早く目を覚ました。きっと世間一般の、それこそ魔法族の子も非魔法族、マグルの子も、これだけは名前とさほど変わりはしないだろう。他のルームメイト達のベッドは空っぽだったが、名前はそれすら気にせず、ガウンを羽織っただけの格好で、ベッドの下に並べられたプレゼントの開封作業に入った。

 まず一番に手に取ったのは、可愛らしい水色の包装紙で包まれた小さなプレゼントだった。それはハンナからのもので、可愛くて、それでいてどこか質素な花飾りの付いたヘアゴムだった。魔法が掛けられているらしく、小さな花びらの一枚一枚が違う色でキラキラと光った。
 次に開けたのはスーザン・ボーンズからのプレゼントだ。小さなオルゴールで、開ける度に違う曲が鳴り、きらきらと輝いた。
 アーニーからは蛙チョコレートが箱一杯に届いていた。彼は名前がこれがすごく好きなのを覚えていてくれたらしい。
 蛙チョコレートで口をもごもごさせながら開けたのは、ハグリッドから贈られたものだった。包みを破り取ってみれば出てきたのは小さなオカリナで、吹くと梟の鳴き声とそっくりな音がした。手作りだ。ハグリッドが小さな木を削っているのを想像して、名前はくすくすと笑った。
 フレッドとジョージからはゾンコの店の商品の詰め合わせが届いた。開けた途端にバーンと一発ぶちかました。小さな爆発は、七色の煙を辺りに撒き散らした。名前は再びくすくすと笑い、それから次のプレゼントを手に取った。セドリックからは『クィディッチ今昔』が届いていた。とても彼らしいな、と思いながら次に開けたプレゼントはハーマイオニーからの物で、『ドラゴンを愛しすぎる男たち』だった。これは非常に名前を喜ばせた。
 他にも、ハニーデュークスの詰め合わせ、ドラゴン革(しかもスウェーデン・ショート−スナウト種だ!)の手袋、百味ビーンズ一箱、色の変わるインク、様々な種類の鳥の羽ペンセットなど、去年よりもたくさんのクリスマス・プレゼントが届いた。
 名付け親から届いていた包みを開けると、そこには何も無かった……と思ったら、なにやら透明な、本らしき物が入っていた。何も見えなかったが、革張りの表紙の手触りに、開くとぱらぱらとページを捲ることが出来た。同封されていたメモを見ると、どうやら『透明術の透明本』というらしい。一緒に入っていた現れゴム一ダースを手に取りながら、何とも自分の名付け親らしいと小さく笑った。

 ホグワーツのクリスマス・パーティは楽しかった。以前ハグリッドが切り出していたモミの木は、これでもかというほど豪華に飾り付けられて立派なクリスマス・ツリーに変身していたし、そこら中に魔法の掛けられた雪が降りしきっていた――きっとコレはフリットウィック先生がやったのだろう。雪は普通と違い、乾いていてとても暖かかった。
 くすくすと生徒達が笑っている方を見ると、赤毛の彼がいた。
「パーシー、いつから劣等生になったの?」
「何だって?!」
 パーシーは驚いて自分のバッジを見た。監督生と書かれている筈が、巧妙にも劣等生と書き換えられている。彼はバッジを戻すため、くすくす声に見送られながら寮に引っ込んでいった。
 すると、同じタイミングでポンと肩を叩かれた。
「やあ、パースのさっきの顔、見たかい?」
「残念だな、名前、もう少し後に声を掛けてやれば良かったのに」
 フレッドとジョージはげらげらと笑っていた。


 クリスマス・ディナーが終わり、後は明日に備えて寝るだけだと思われた後。名前はやらなければならない、というよりも出来るならやった方が良い、と思われる事を思い出した。それは、ハーマイオニーにグリフィンドールのテーブルに再び誘われた名前が目にした、美味しいディナーを食べながら目は何処か虚ろだったハリー達には、何の関係もない事だ。
 借りた物を返すのは早いほうが良いに違いない。名前はハッフルパフの談話室に向かうのをやめ、再び大広間へ向かい、そのまま通り過ぎた。――確か、こっちの方の筈だ……。自分はハッフルパフの寮生なので他の寮の談話室が何処にあるかなど知らないが、大体こちらだろうという見当は付いていた。名前は自分の勘を信じて歩き出した。

 地下牢。こんな所で毎日生活しているスリザリン生は、寒がりではやっていけないだろう。名前は素直にそう思った。同じく地下にあるハッフルパフの談話室は厨房の近くにあるのに比べ、此方はなんだか薄暗かった。名前は冬の寒さと人気の無さによる温度の低下で身を震わせながら、スリザリン寮を目指した。
 暫く歩いていると、前の方に見慣れた姿が見えた。名前は足を一瞬止めたが、そのまま構わず進み続けた。
「二人とも何してるの?」
 その巨体に似合わず体を震わせ、二人はこちらに振り向いた。
「やあ名前」
 クラッブが名前に声を掛けた。するとおかしな事に、隣にいたゴイルがクラッブを小突く。
「今から談話室に戻るの?」
 そう聞くと、二人は押し黙ったが名前はそんな二人に構わずに続けた。
「もし良かったら、コレ、マルフォイに返しといてくれると嬉しいんだけど」
 名前はマルフォイから借りた、『幻の動物とその生息地』を取り出した。
 名前はニュート・スキャマンダー著の、幻の動物とその生息地という本が大好きだった。この本には、幻の――マグルから見て、ではあるが――動物と、その動物達の生息地やその習性、それらが全て詳しく書かれている。九歳の時に名付け親からプレゼントされた時から、この本は名前のお気に入りだった。――ホグワーツの指定教科書である本だったとは驚いたが。とても九歳の子供にプレゼントする物ではないだろう。

 名前は別段、ドラコ・マルフォイと大して仲が良いわけではない。しかしながら、彼とはちょっとした縁があるのだ。仲が良いわけではないが、仲が悪いわけでもない。名前とマルフォイの関係を表すには、顔見知り、それが一番しっくりくる。マルフォイは自慢したがりだし、人を簡単に見下すが、今回はそれがとても好ましい方向へと働いていた。
 『幻の動物とその生息地』の初版本、それをマルフォイは持っていると言った。家の書庫に仕舞ってあるのだと。名前は冗談交じりに貸して欲しいと言うと、彼はどういう訳か快く貸してくれたのだ。わざわざ家に手紙を書き、梟便で送ってもらってまで。どれだけ自慢したいのだろう。もっともそんな古本を持っていたところで自慢にはならないのだが、それはそれ、これはこれだ。
 ともかく、名前はマルフォイが初版本を貸してくれた事に、深く感謝していた。大好きなニュート・スキャマンダー氏の、落書きじみた貴重な誤字やら、新たに発見されるまでの貴重な憶測などをこの目で拝む事ができたのだから。
「ああ……うん、いいよ」
 クラッブはぎこちなくそれを受け取った。「ありがとう」と名前がお礼を言うと、彼は複雑そうな顔で微笑んだ。隣に居るゴイルも、同じように複雑そうな顔をしていた。
「二人とも、もしかして談話室への道を忘れちゃったの?」
 ――余談ではあるが。この時、ポリジュース薬でグレゴリー・ゴイル、ビンセント・クラッブに扮しているハリー・ポッターとロナルド・ウィーズリーには、名前・名字が救世主のように見えたという。
「ああ、うん、そうなんだ」ゴイルがどこか意を決したように、そう答えた。
 名前自身冗談で聞いていたので、まさか本当に頷かれるとは思わなかった。
「アー……ごめんなさいね、私もよくわかんないわ」
 そう答えると、二人は一気に落ち込んだ。そんな二人を見て名前は言葉を付け足す。
「でもホラ、スリザリン生達はいっつもこっちの方から出てくるから、きっともう少し先にあるんだよ」
「うん……ありがとう、名前」クラッブが答えた。
 クラッブとゴイルはスリザリン寮を目指して去っていった。
 名前はいつもよりも若干小さく見えるような気がする二人を見送り、今来た道を引き返した。


 名前は嫌な予感がしていた。名付け親譲りなのか、こういう感は大体当たる。
 名前・名字は人外と呼ぶべき存在の者達とも友好関係を築いている。それは禁じられた森の深奥でひっそりと星を眺め生活しているケンタウルスであったり、湖の暗い水底で自由に泳ぎ回っている大イカであったり、梟小屋で休んでいる梟達であったりと様々だ。
 名前は何日か前、彼女に愚痴られた事を思い出していた。足は廊下を進んでいる。「あの人達、この間っからい〜っつも、ぐつぐつぐつぐつぐらぐらぐらぐらやってんのよ? 堪ったもんじゃないわ。私は一人で居たいのに……」。『あの人達』というのが『グリフィンドールの二年生三人組』だという事は事前に聞いていた。
 彼女がいつも居る例の場所は、他の生徒が寄り付かない。なので名前は時々そこで本を読んだり、彼女に倣って死について考えてみたりすることがある。もっとも、不衛生だし陰鬱だして、立ち寄るのはごく稀だ。それでも全ホグワーツ生を平均して、一番そこを利用していると言っても過言ではない。
 暫くして、名前は三階へと辿り着いた。ハッフルパフの談話室ではない。「嘆きのマートル」の居る女子トイレだ。この間、名前に散々愚痴っていたマートルは、今日はどうしてか、ずっとくすくすと笑っていた。どうやら、名前の予感は的中してしまったらしい。
 マートルは静かに女子トイレに入った名前に気付き、声を掛けた。
「あら。あんた、まあた来たのね。物好きですこと!」
 そう言いながらも、マートルはクスクスと笑い続けている。名前はマートルにおざなりに返事を返した。が、彼女は気にしなかった。いつものマートルなら、それだけで死者を乱暴に扱ったなどと言って、すぐに不機嫌になる筈だ。どうやらここ最近で一番の有頂天らしい。
 名前は一つだけ鍵が掛かっている個室に近付き、その戸を静かにノックした。
「ハーマイオニー?」
 中から小さくしゃくり上げる音が聞こえた。
「名前なの?」とハーマイオニーの声がした。「うん」と答えると、ハーマイオニーは再び嗚咽を漏らした。
「出てきてよ、ハーマイオニー。――……私、あなたに何かあったんじゃないかって心配してたの。借りてた『私はマジックだ』を返そうと思ったら、寮に居ないんだから。ハーマイオニー?」
 名前がそう言うと、ハーマイオニーは悲痛な声を上げた。
「私……私、出ていけないわ! 出ていける状態じゃないのよ!」

 ハーマイオニーの声は湿っていた。こういう場合、どうしたらいいんだろう? 名前は前学期の終わり頃、魔法薬学教諭のセブルス・スネイプが「二角獣の角の粉末が……貴重な毒ツルヘビの皮が……」とぶつぶつ呟いているのを聞いている。名前はハーマイオニーの身に起こっている事を予め予測しながら、慎重に言葉を選んだ。
「あー……ハーマイオニー? あたし、あなたがロックハート先生に、閲覧許可のサインを貰ったって聞いたんだ。『最も強力な魔法薬』だって? もしかして、此処で何か調合した? マートルにグリフィンドールの三人組が何か鍋で煮てるって前に聞いたんだ。うん、そうだよね、スネイプ先生がグリフィンドール生に薬学の教室の使用許可をくれる筈ないもんね。あの人、スリザリン贔屓だもん」
 名前は答えないハーマイオニーを扉の向こう側に感じながら、再び口を開いた。
「もしかして、『途方もなく自責の念に駆られる薬』? あれって確か、調合している内に体中の水分が抜けていってしまうのよね、うん、地下牢の教室よりも、此処の方が水がたくさんあって便利だもん」
「違うわ、名前。……ポリジュース薬よ」
 ハーマイオニーがやっと口を開き、それだけ言った。先程よりは乾いているようだったが、やはり彼女の声は濡れていた。

 ポリジュース薬。変身対象の身体の一部を材料の中に加える事によりその対象に変身する事が出来る。なお、ヒト専用。ヒトならざる者への変身、またはヒトならざる者が使用する事は不可。それ用の薬は未開発。確か、闇祓いだった父がいつも携帯していた薬の一つだ。あの人は人間不信の気があったから、訳の分からない魔法薬や闇の魔術の探知機をいくつも持ち歩いていた。
「あれって調合するの、すっごく難しいんだよね? どう? 成功した?」
「し、失敗したの! ううん、せ、精製は上手くいったわ。でも、使い方を間違っちゃったの!」
 名前は、ハーマイオニーが何故学校の規則をごまんと破るような、そんな危険な薬を調合しようと思ったのか、その理由を問い詰めたりはしなかった。トイレから出てきたハーマイオニーを見て、言葉を失ってしまったというのも理由の一つだったが、それ以上に、打ちひしがれた様子の彼女を更に追い詰める事なんて、到底出来なかったからだ。
「あ、あれって動物には使えないの! 髪、髪の毛だと思ってたのは、猫の毛だったの!」

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