休暇前に

 ハッフルパフの談話室で、名前・名字は人知れず小さな溜息をついた。
 今日は先日の大雪で、名前達の薬草学の授業は中止になっていた。その時間に、同級生のジャスティン・フィンチ−フレッチリーと、グリフィンドール付きのゴースト「ほとんど首無しニック」が石になっているのが発見されたのだ。それは名前が図書室を去った後のことであり、ハリー・ポッターと別れたすぐ後のことだった。
 ジャスティンとニックの二人で、四人目の(猫のミセス・ノリスを一人として数えて良いならだが)スリザリンの継承者による犠牲者だった。
 被害に遭って石になってしまった者達は、スプラウト先生のマンドレイクが熟せば、また元通りになるそうだ。今年は去年よりも寒く、マンドレイクが成熟するのにも時間が掛かるらしいが、学年末には解放されるようだ。だからなのか、それとも自分達の寮監を信頼しているからなのか、何にせよジャスティンや他の皆は大丈夫だろうかと、表立って心配しているハッフルパフ生はごく少数だった。そして犠牲者の安否よりも、今回の被害者によって解った、新たな事実の方に皆釘付けになっていた。
 ハッフルパフの談話室は、その話題で持ちきりだった。――もう死んだ奴まで石にできるなんて、一体どんな闇の魔術を使ったんだろう?
「だから、やっぱりポッターなんだ。僕は、ジャスティンが石になった所でポッターが立っているのを見た。彼はスリザリンの継承者で、マグル生まれのジャスティンが気にくわなかったんだ」
 アーニー・マクミランが重々しい声を出して、周りの生徒達に言った。
 聞いているみんなはアーニーの一言一言に、真剣に耳を傾けていた。どうやら一つ二つ上の学年の、先輩の生徒まで混ざっているらしかった。名前はアーニーの話の上手さとその噂好きさ、そして熱心に聞いている彼らに半ば感心した。
「ハリー・ポッターはスリザリンの継承者じゃないみたい」と、ここで自分が口を挟んだらどうなるだろう。そう考えて、名前は身を竦めた。多分、皆信じないだろう。名前のことを変な目で見るに違いない。ハリーは恐らく、スリザリンの継承者さんとやらとは全く関係ないのだろう。名前は彼に会ってから、そう確信していた。
 ハリーと別れた後、名前は談話室に戻ったが、彼のすぐ近くでジャスティンとほとんど首無しニックは襲われた。それだけを聞くとアーニーの言っている通りであり、その状況でハリーが怪しくないと言い切るにはかなりの無理があった。
 しかし、ハリーはおそらく継承者ではない。名前がハリーに言った言葉に嘘はなかった。ハリーが言って聞かせた事より、ハーマイオニーの友達である彼がスリザリンの継承者で、継承者の敵――つまりマグルとマグル生まれの者――を傷付けたりする筈はないと名前は確信していたのだ。それは彼がハーマイオニーの友達だから、だけではなく、そのハーマイオニー自身がマグル生まれだから、でもある。
 名前は延々とスリザリンの継承者云々を話し続けているアーニー達を後目に、図書室で出会ったハリー・ポッターの事を考えていた。一度話をしたからといって、自分が身を削ってまで庇う必要はないが、談話室が今以上に継承者やら何やらのことで騒々しくなれば、堪ったものではない。名前はもう一度、小さく溜息を吐いた。
 ハリーには悪いけれど、自分が口を挟むかは脇に置いておいて、さっさとレポートを終わらせてしまおう。名前は再びぺしゃんこ薬についてのレポートに取りかかった。

「名前」
 レポートが残り半分といった頃、名前はすぐ隣から声を掛けられた。とても聞き慣れた声に、名前は元から殆ど動かしていなかった完全に手を止めて、声の主の方に振り返った。
 聞き慣れた声の主はハンナだった。彼女、ハンナ・アボットは名前の一年生の時からの親友だ。たっぷりある金色の髪を三つ編みにして、おさげにしている。彼女は名前が多少授業に不真面目でも、ぶつくさと文句を言ったりしても、ちゃんと名前の言い分に耳を傾けてくれる優しい女の子だ。勿論その後にはお説教が待っているが、それは彼女が名前の為を思ってしてくれることだ(それに八割方名前に非がある)。こんな良い子と同じ寮で、しかも同じ部屋なんて、なんて幸運なんだろうと名前は常々そう思っていた。
 ハンナは窓の外で降りしきる雪を見てから、名前の方に向き直った。
「ねえ名前、あなた今年もホグワーツに残るつもりなの?」
「うん。家に帰ったってどうせ一人だしね」
 名前はできるだけ普通に言ったつもりだったが、この友人はそんな言葉だけでは満足してくれなかった。どうやらハンナの目には、それが気丈に振る舞った故の答えだと映ったようだ。名前が一人でホグワーツに残る事を心配してくれている。ハンナは少し悩んだような素振りを見せたものの、再び口を開いた。
「でも名前、あなたの親御さんからも、心配だから帰ってくるようにって、手紙が来ていなかった?」
 ハンナは一週間ほど前に名前に届いた手紙の内容を覚えてくれていたらしかった。

 郵便局の配達梟に結わえ付けられて来た名付け親からの手紙には、今年は特にホグワーツに残すのは心配だ、家に帰って来ると良い、などと、名前を執拗に家に帰るようし向ける言葉が並べられていた。去年も似たような事を書いた手紙が同じ時期に来たが、今回のは更にしつこく帰省するようにと書いてあった。魔法省に勤めている名付け親は、どうやら(どういったルートかは知らないが)ホグワーツで起こっている襲撃事件を耳にしたらしかった。
 名前は名付け親への返事を去年ダイアゴン横丁で買ったメンフクロウ、デメテルに持たせて返していた。「私はホグワーツでクリスマス・プレゼントを開けます」。あの名付け親ならこれで渋々、納得してくれるだろう。こうして拒否の返事を出すのもまた、去年と同じだった。
 名前は家に帰るつもりは無かった。さらさら無かった。どうせ今年も一人でクリスマスを迎える事になるのだから、帰っても無駄だと思ったのだ。一人で迎えるクリスマスは過去に何度か経験した。自分一人で飾り付けたクリスマス・ツリーに、ぽつんぽつんと置いてあるプレゼントの箱。どんなに上手に飾り付けができたとしても、名付け親の「今日も戻れない」というメッセージカードを見ただけで気分は沈んでしまう。クリスマスは家族で過ごすもの、なんて常識は、名前には通用しないのだ。一人ぼっちのクリスマスはうんざりだった。
 名前は一年生の時のクリスマス休暇も、家に帰らずホグワーツで過ごしていた。去年のホグワーツでのクリスマスの方が、一人きりのクリスマスばかりだった名前にとって、驚きだったぐらいだ。家に帰らなかった生徒達と、わいわいがやがやと騒いでいるのは楽しかった。クリスマスにあそこまで楽しいと思えたのは初めてだったかもしれない。
 まさか襲撃事件がどうこうで、名前の他に誰も生徒がいないなんて事にはならないだろう。例えそうなったとしても、先生達の何人かは学校に残るのだろうし、ゴーストや絵画の皆は居るのだから、家で一人クリスマスをやるよりよほど良い筈だ。名前はそう思って、今年もホグワーツに残る事にしていた。
「来てたけど、別に平気だよ」
 ハンナはまだ何か言いたそうにしていたが、「そうね」と言って口を閉じた。名前は心配そうにこちらを見ているハンナを、慰めるつもりで言った。
「それに、秘密の部屋にはスリザリンの怪物がいるって話じゃない? もしかしたらそれはとってもチャーミングで、友達になれるかもしれないじゃない。だから平気だよ」
 名前がそう言うと、ハンナは「まあ!」と呆れたように言い、心配そうだった顔を一変させ、キッと睨み付けた。
「秘密の部屋の怪物は、スリザリンの継承者だけが操れるのよ。ほとんど首無しニックを石にしてしまう程の魔力を持ってるの! いくらあなたでも、そんな危険な生き物と友達になろうだなんてしたら、承知しないわ!」と、ぷりぷりと怒り出してしまった。
 名前はそんなハンナをからからと笑いながら見ていた(「笑い事じゃないわ!」とも怒られた)。


 皆がホグワーツを離れる日、名前は友達を見送りに、玄関ホールまで一緒に歩いた。しっかりとマフラーを巻き付ければ寂しさも紛れていく気がして、名前は再びマフラーを巻き直した。
 ぺちゃくちゃとお喋りをしているハンナ達を横目で見ながら、名前は幼馴染みであり、親友でもある彼を探した。しばらく探した後に、今年は彼も、ホグワーツに残るのだと言っていた事を思い出した。どうやら彼はいつも一緒にいる友達の二人と、三人でホグワーツに残るらしい。
 もしかしたら、ゆっくり話せるかもしれない。寮が違うので、普段は一緒にたっぷりと遊ぶ事も出来なかった。名前は前に一度だけ、その幼馴染みの家でクリスマスを迎えた事があった。あの時は、名前の大事な幼馴染みと、その家族と、そして自分の父親が居た。
 自然と浮かんできた笑みを、名前は押さえる事が出来なかった。

「じゃあ名前、また新学期に」
 一番最後に馬無し馬車に乗り込んだハンナが、名前にそう言った。もっともこの馬車が馬に引かれていないように見えるのは正確ではなく、本当はセストラルという天馬が馬車を引っ張っている。もっともその馬を見れる人間は多くないので、馬無し馬車と呼ばれている。名前だってセストラルが見える人間は、自分の他には一人しか知らなかった。名前には真っ黒な胴体も不気味な鼻面もはっきりと見えている。ハンナに教えたら飛び上って驚くだろうなと思いつつ、セストラルに「お願いね」とそっと囁いた。
「うん。ハンナ達も元気にしてて。そして、クリスマス・プレゼントをよろしくね」
 名前がにっこりしてそう言うと、彼女達はくすくすと笑って、馬車の中から名前に手を振った。

 ハンナ達を見送っていると、後ろからアーニーがやってきた。
「やあ名前、君、本当にホグワーツに残るんだね」
「うん、そう。アーニーも、クリスマスを楽しんでね」
「勿論そのつもりさ。名前、間違っても石にされたりしないでくれよ」
 アーニーはそう言って、笑いながら去っていった。名前も笑いながら見送っていると、再び後ろから声が掛かった。セドリック・ディゴリーだった。彼は二歳年上で、勉強を見てくれたりと何かと世話を焼いてくれる良い先輩だ。セドリックに軽く手を振ると、彼は名前の方へとやってきた。
「リストに名前が書いてあるのを前に見たから知ってたんだけど、君、本当に残るんだね?」
「うん。セドリックは帰るんでしょ?」
「ああ。……大丈夫かい? 秘密の部屋の怪物が、君を襲ったりしないと良いんだけど。今からならまだ、家に帰れるんじゃないかな?」
「どうかな、切符も買ってないから、きっと乗せてくれないんじゃない? でもありがとね」
 名前がそう言って付け足すと、セドリックは照れたように微笑んだ。「じゃあまた、新学期に」と名前に言い、彼は友達と連れ立って去っていった。

 双子のパーバティとパドマ、グリフィンドールのラベンダー、レイブンクローやスリザリンの友人達。同じ年だったり先輩だったり、一年生だったり。名前は友達や知り合い達を、みんな見送った。彼らとはどうせすぐに会えるのだから、寂しいことなど何もないじゃないか。
 みんながニコニコして、笑って見送られていたからか、名前・名字もご機嫌で、スキップをしながらホグワーツに帰った。

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