もう一つのプロローグ

 どす黒い雷雲が渦巻いていたその日、私はいつになく急いでいた。
 親友が死んだ。突然の知らせだった。彼の妻は七年前にこの世を去っており、そして彼もまた、この世を去ったのだ。私は急いで彼の家へと向かった。残された彼の一人娘、つまり私の名付け子の元へと向かっていたのだ。


 思い返されるのは、私がホグワーツを卒業して暫くの月日が経った頃の事だった。
 私はその日、彼の結婚式に招待されていた。その式は、彼と同い年の親友が仲人を務めていた。厳かな式が終わった後、私は彼に呼ばれた。
「ああ、来てくれたね」
 名字夫妻が揃っていた。彼らは私をにこやかに、部屋に迎え入れてくれた。そして、 名字氏がこっそりと防音呪文を掛け、 名字夫人がこっそりと部屋に鍵を掛けた。私はそれから行われることに対してのただならぬ気配を察して、身を固くしたことを覚えている。
 そんな私に気付いたのだろう、名字氏が言った。
「ああ……そう固くならずともいい。別に、聞かれてはまずい事を話すという訳ではないんだ。できれば聞かれたくない事を、話すだけだから」彼はにっこりと微笑んでみせた。
 それが少しだけ、私を安心させた。

 彼の話は唐突だった。
「君も知っての通り、私は闇祓いだ。仕事中にいつ死ぬとも限らない。そこでもし私と、そして妻が死んだ時、君に私の子を預けたい」
 唐突な、それでいて突飛な話に、もちろん私は面食らった。
「それは……それは俺が、君の子の名付け親になるという事か?」
 名字氏は頷いた。その瞳はいつものように、真っ直ぐと私を見据えていた。私は私を私として見てくれる、彼の事がとても好きだった。
「……俺は、成人したばかりなんだ」
「知っている」
「俺は君よりも先に死んでしまうかもしれない」
「そうかもしれないな」
「俺は……俺よりも、あなたは強いじゃないか」彼が私の名前を呼んだ。
「私はそういう、際限の無い事を君に話す為に君を呼んだ訳ではない。私は君に、私の子の名付け親になって欲しいんだ」
 時間だけが過ぎていく中、名字夫人は口を挟まず、ただ静かに私と 名字氏を見つめていた。彼女が何も言わなかったという事は、この件に関して、全て話し合った後なのだろう。ちらりと目をやった先に居る名字夫人は、ただ優しく微笑んでいた。
「……君には――あなたには、親友がいるじゃないか」
 私は溜め込んでいたことを吐き出した。泣きたかった。
 名字氏は私が話す間、一切口を挟まず、ただいつもの真っ直ぐな瞳で、私を見守ってくれた。そして私の言葉が尽き果てたとき、ゆっくりと言った。
「私は、君に名付け親になってほしいんだよ。彼では駄目だ。彼にはもう、守るべきものがある」

「……スリザリンでは真の友を得るという」
 何故か彼は、ホグワーツで組み分け帽子が歌った歌の、一節を呟いた。私は顔を上げた。
 彼はその時再び、私の名を呼んだ。
「私は君を、真の友だと思っているんだよ」



 後はもう何を話したか、覚えていない。ただ、結婚式という祝福すべきその日に、彼にわんわんと泣きすがってしまったという、なんとも恥ずかしい失態だけは覚えている。彼は私を、ただただあやしてくれた。遠い昔に、幼馴染みである彼がそうしてくれたように。
 その彼は死んだ。私は彼と約束をしたのだ。彼の娘を必ず護ると。

 彼の家に着いた時、私の名付け子は一人でソファに座っていた。一人掛けなんかじゃないそのソファは幼い彼女には一回りも二回りも大きく、ソファに沈んでいる彼女は一回りも二回りも小さく見えた。
 彼女は私に気付いたのか、私の方を振り返った。
 一目見て、私は再び、彼女を自分の命に替えても守ってみせると、既に死した親友に告げた。

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