「名前氏、ちょっと一緒にA市行かない?」
「……何でA市?」
 キングが目を逸らした。

 夏の暑さが和らぎ、随分と過ごしやすい気候になってきた。もっとも名前はいつでも家の中だから、あまり関係ないかもしれないが。ともかくもエアコンを起動させずともよいのは嬉しい。そして名前が一人黙々と畑を耕している時、その様子をじっと眺めていたキングが言ったのだった。一緒にA市へ行かないかと。
 あまりに唐突な誘いに、目測を見誤って見当違いなところを耕してしまった。仕方なくゲームを一時停止させる。牧場王に俺はなる。
 名前だって、そりゃ確かに身体の回復能力へエネルギーが割かれているせいか知能は人並み以下だが、キングとの付き合いだけなら一年以上に及ぶのだ。彼が何を言いたいのか、どうしてそういう言い方をするのかなどは何となく解る。A市に何があったかなと、名前は頭の中でぼんやりと思い描いた。が、何も浮かばない。
「いや……A市にできたメイド喫茶、一緒に行かないかなって思って。オールドスタイルのやつ、好きでしょ?」
 名前はキングの顔をじいと見詰め続けていたが、彼が頑なに顔を逸らし続けたので無言の問い掛けはやめることにした。まさか、本気で一緒にメイド喫茶に行きたいわけじゃないだろう。キングはどちらかといえば二次元の方が好きだった筈だ。特別メイド萌えだったわけでもない。
「エマか」
「エマだね」
「何、一緒に行って欲しいの」名前は笑った。「別に、キング氏そういうの一人でもいくじゃん。私はいいよ。わざわざA市まで行きたいとは思わないし」
「で、本音は?」
「ヒーロー協会、一緒に行かない……?」

 キングの言い分、というか目論見はこうだった。
 キングとしては、自分がヒーローの面々に馴染めないので、逆に自分の知り合いである名前を引っ張り込みたい。しかし名前にその気はない。そこで無理やりにでも名前を連れ出して、ヒーロー協会の誰かに目撃させてしまえば、ヒーローにならざるを得ないのじゃないかと考えた。そして上手い具合にS級ヒーローに召集がかかったのだとか。何にしろキングはA市へ赴かなくてはならないらしい。
「そりゃ、俺だって名前氏が本気で嫌がってるならもうこれ以上言わないけどさ……」
「いや本気だよ私」
 間髪入れずにそう言えば、キングは口を曲げた。
 確かに、名前はキングのことは心配している。彼がまったくの一般人でありながらヒーローをしているという今の状況は、聊か不憫にも思っている。しかし、それならヒーローを辞めれば良いじゃないか。もしかして辞めるよう促して欲しいのだろうか。いくら名前でも、彼だけの為にヒーローになるのは気が進まない。彼に言っていないわけだが、不死身だからといって痛覚がないわけじゃないのだし。
 ヒーローを辞めてしまえば良いのにとそう思うのは、思い遣りに欠けるだろうか。確かに「キング」として人気のある今、辞め辛いのも解る。しかしキングが自分の意見を押し通さないのは、彼の良い所でもあり、同時に大きな短所でもあるのではないか。少なくとも、名前はそう思う。


「名前氏さ、初回限定しずえフィギュア、手に入らなかったって言ってなかったっけ」
「仕っ方ないなあキング氏は! でも一緒に行くだけだよ。私、ヒーローにはならないからね」
 勝ったのはキングだった。

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