ヒーロー協会のホームページに名前の写真が載ってから数えて五日、名前の生活はさほど変わっていなかった。電話が引っ切り無しに掛かってくることもなければ、誰かが押し掛けてくることもない。どうやら協会の方は、名前がどこの誰なのかは把握していないようだ。少しだけ拍子抜けしてしまった。
 まあ、名前は普段からアルバイトの時ぐらいしか出歩かないから、当然と言えば当然なのかもしれない。寄せられる情報も少ないのだろう。ただ、ホームページに載せられている写真に限って言えばどんどん増えていた。J市のシェルターの中で写真を撮っていたのは一人や二人ではなかったようだ。訴えたら勝てるんじゃないか、これ。
 キングの話では、協会は名前にヒーローになって欲しいのだとか。ヒーローは万年人手不足で、猫の手も借りたいほどらしい。しかし――。
 ヒーロー、ねえ……。

 名前は元より、ヒーローという職があまり好きではなかった。
 どうも、名前の中のヒーロー像と、ヒーロー達が描くそれとが根本から食い違っているらしいのだ。ヒーローというのはこう、人々からの支持を得る得ないに関わらず、ピンチの時にはサッと現れ、市民に安らぎを与えてくれる存在ではないのか。しかし名前の知るヒーローとは、自分のランキングを気にするか、日がな一日ゲームに耽るかのどちらかだ。まあ後者はともかく。
 以前、キングをからかう為に自分もヒーローになるかなどと嘯いたことはある。しかし名前自身にはヒーローになりたいという願望はない。今のところ。
「……まだバイト代残ってますしおすし」
「何か言った?」
「なんにも」
 つい先頃、名前はアルバイト先であったコンビニを首になった。まあ、数週間バイトに出られなかったのだから仕方がない。別にバイトなどまた新しく見付ければいいのだ。もっとも――所持金がもう少し減ってからでも差し支えはないだろう。まだゼニールに貰った給金はたんまりある。勤労意欲はまったく失せている。

 ふと、名前は思い出した。例のスキンヘッドのヒーローのことだ。
 何となく外出は控えている名前だったが、無論、あのヒーローから借りたマントはクリーニングに出していた。既に仕上がっていて、今は名前の手元に戻っている。血がべったりと付いていたから、綺麗にするのは困難なのではと心配していたのだが、杞憂だったようだ。クリーニング屋さんすごい。真白いそれは、むしろ渡された時以上に白くなっている気がする。
 彼に返しに行かなければならないのだが、如何せん住所が解らない。
 そもそも未だに名前はあのヒーローの名前すら知らなかった。ヒーロー協会のホームページにあるヒーロー名簿を見てみはしたのだが、五百人以上存在するヒーローからたった一人を捜し出すのはなかなか難しい。あの海人族の王を一撃で倒してみせたのだから、上位に居るとは思うのだが。捜しても捜しても見付からないので、もしかすると正式なヒーローではないのかもしれないと、名前はそう思い始めていた。
 ヒーロー協会に登録しておらず、個人的にヒーロー活動を続けている者は少なからず存在する。怪人を倒す権利がヒーローだけに有るわけではないのならば、あの熾烈なランキング争いを嫌い、独自に活動を行っている場合もあると思う。むしろ名前個人としては、そちらの方が好感が持てていたりする。

 キングにハゲ頭のヒーローの事を話せば、「名前氏がヒーローなら教えてもらえるんじゃない」と笑った。確かに、ヒーローなら他のヒーローの連絡先等を知っても構わないかもしれない。しかし、どうやらキングは名前に代わって協会に問い合わせてくれる気はないようだ。
 どれだけ私をヒーローにしたいんだ、この男。

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