童帝にとって、愛とはすべてを知ることだった

 S級ヒーロー童帝にとって、愛とはすべてを知ることだった。
 昔から、知りたいことはとことん追求しなければ気が済まなかった。どうしてどうしてと突き詰めて、どうしてがなくなるその瞬間が堪らなかった。工学知識や科学者としての地位は、その副産物に過ぎない。
 そしてそれは他の事においても同じだった。


 童帝には好きな女の子が居た。童帝はS級ヒーローとして怪人を倒す傍ら、小学生らしい一面もちゃんと持っていたのだ。
 好きになった女の子は、同じクラスの名前ちゃん。
 小学校でモテる女の子というと、可愛くて、勉強ができて、スポーツもできて、ピアノも弾ける子ではなかろうか。名前はそのどれにもさして当て嵌まらない、普通の十歳の女の子だった。しかし、童帝は彼女のことが殊更好きだった。彼女のことなら何でも知りたいと思った。彼女はどの教科が好きなのか、算数が何故嫌いなのか、誕生日はいつなのか、今朝は何を食べたのか、一日に何度トイレへ行ったのか、そろそろなくなるであろう消しゴムを次はどんなものにするのか――童帝はすべてを知りたかった。

 S級ヒーロー童帝は、小学生らしい一面もちゃんと持っていた。童帝は同じクラスの名前ちゃんが好きだった。
 ただ、その好意の表し方が普通とは違っていた。
 例えば普通なら、好きな女の子が何の教科を好いているのか調る為に、友達同士で交換し合うプロフィール用紙を盗み出したりはしない。例えば普通なら、好きな女の子が算数を嫌っている理由を調る為に、彼女のテスト用紙から分析して苦手としている分野を特定したりはしない。例えば普通なら、好きな女の子の誕生日を知る為に、彼女の家のパソコンをハッキングして調べたりはしない。例えば普通なら、好きな女の子が朝食に何を食べたのか知る為に、彼女の家から出される資源ゴミを調べたりはしない。例えば普通なら、好きな女の子が一日何度トイレへ行ったのか知ろうとしない筈だし、知る為にごく小さな監視カメラを彼女の家に無数に仕掛けたりはしない。例えば普通なら、好きな女の子の消しゴムがなくなりそうな時、彼女の家の勉強机にそっと新しい消しゴムを置いておいたりはしない。
 童帝にとって、愛とはすべてを知ることだった。童帝の愛し方は普通とは違っていた。

 S級ヒーローである童帝は、同時に小学生でもあった。童帝は同じクラスの名前ちゃんが好きだった。今も昔もこれからも。
 童帝は好意を伝える術を知らなかった。そして同時に、自分のこの「すべてを知りたい」という欲求が、彼女への好意からは既に転じており、もはや異常な執着であることに気付いていなかった。童帝は十歳の男の子だった。同じクラスの女の子が好きなだけの小学生だった。
 童帝は名前と話した回数は覚えていても、どうやって話し掛けにいけばいいのかは解らなかった。童帝は名前の好きな物、嫌いな物は解っていても、それを彼女との交流に生かす手立てがなかった。恐れ知らずのS級ヒーローも、好きな女の子にアタックする勇気はなかった。
 だから、童帝は殊更名前のことを知りたがる。
 昔から、知りたいことはとことん追求しなければ気が済まなかった。どうしてどうしてと突き詰めて、どうしてがなくなるその瞬間が堪らなく好きだった。愛おしかった。名前のことは、知っても知っても物足りなかった。個人情報をいくら知っても、毎日の体重の変化を全て知っても、彼女がいつどこで何をしているのか知っていても、童帝の欲求は尽きなかった。
 彼女のことを全て知り尽くした瞬間、何か恐ろしいことが起きるような、言い知れない期待があった。

 童帝が好きになった名前は、ごく普通の小学生の女の子だった。特に目立つところもなければ、特に悪いところもなかった。しいて挙げるとするならば、二年前の六月に、童帝に飴をくれたことだろうか。
「いっつも凄いね、これあげる」
 ごく普通の飴だった。安っぽい味がした。特に美味しいわけでもなかった。しかし童帝にとって、彼女の言葉、行動、その全てが彼女を知りたいと思わせる要因となった。


 童帝が自分の異様な執着がもはや一般的な恋愛の好きから外れていることに気付いていないのと同じように、名前は童帝からの好意に少しも気付いていなかった。それは彼女にとって、類まれな幸運だっただろう。いくら名前でも、ストーカー染みた童帝の行為に気付けば、気味悪がるだけでは済まない。
 童帝にとって愛とは、すべてを知ることだった。
 しかしそれが異常であることに気付いてはいなかった。つまり、自分のこの名前への思いは、純粋な好意であると彼は信じて疑わなかった。もしも仮に童帝が名前へ抱いている思いの本質に気付いたとしたら、その時はもう手段を選ばず名前の全て――何から何まで――を知ろうとするだろう。そうしないのは、童帝がこの執着心を恋愛においての一般的な「好き」だと思っていたからだ。
 S級ヒーロー童帝は、小学生らしい一面も持っていた。
「ば、ばいばい、名前ちゃん……」
 童帝は昇降口で偶然を装って会った名前に、そう言って手を振った。彼女と童帝の家は逆方向に位置していた。名前は何の気なく、ばいばいと口にして去っていった。これで通算百三十八回彼女と言葉を交わしたことになる。その内計百二十三回が別れ際の挨拶だった。
 童帝はそれだけで満足だった。名前と言葉を交わす、それだけで――今はまだ。

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