手前勝手な解釈

 名前が怪人となってから幾星霜。今まで辛い事も苦しい事も沢山あった。ヒーローにぼこぼこにされたり、ヒーローに殺されそうになったり、ヒーローに以下略。まあ、彼らの言い分は理解できる。名前は怪人であって、人間に害をなす存在だからだ。
 しかしこれは勝手が違う。理解できない。


 ヒィヒィと悲鳴を上げながら、がたがたと震える足に鞭を打ち走り続ける。名前を追い掛けてくる男は特に急ぐ様子もなく、至極マイペースな様子で歩いていた。土地勘がなかったことが災いし、ついに名前は袋小路に追い込まれてしまった。何とかして、壁をよじ登ることはできないだろうか。一応手を伸ばしてみるものの、コンクリート塀に手をひっかけられるようなところもなく、いたずらに指先を傷付けるだけだった。
 どうしようどうしようと頭を回転させている内に、背後に気配を感じる。振り返ってみれば、やはり例の男が此方を見ていた。その口は弧を描いている。
 男が名前の元へと歩いてくる。かつんかつんと、足音が反響した。
「鬼ごっこはおしまいかい?」
 男の口から覗く白い歯は、皆どれも鋭く尖っていた。

 どうして怪人の私が、怪人に追い掛けられているのだろう。

 訳が分からなかった。そしてその理不尽さに恐怖を覚える。この怪人、どうも名前よりも災害レベルは高いらしい。もっとも名前の災害レベルは狼どころかそれにも満たないくらいなので、自分よりも弱い怪人などそうそう居ないのだが。あれか、俺のシマで粋がってんじゃねえよ底辺が、とかそういうあれか。
 ふと気付けば怪人はすぐ目の前に立っていて、名前は声にならない悲鳴を上げた。思わず振り下ろした手を、両方とも捕えられる。名前だって怪人なわけで、一応そこらの人間よりは腕力も体力もあるつもりだったが、この怪人はその更に上を行った。怪人は名前の手を引き寄せ、その血の滲んだ指先をぺろりと舐め上げる。鳥肌が立った。
「良い味だ」うっとりとした響き。
 もしもこの男が怪人でなければ、名前は恋に落ちていたかもしれない。それほどまでに、先の男の一言は魅力あるものだった。これは自分が探し求めた最高の女性だと、そう言っているような声音だ。しかし、この男は怪人なのである。
 振り解こうとしても男はがっちりと名前の手を掴んでいて、むしろもがけばもがくほどより強く拘束させられているようだ。
「はな、離し……」
「放さないさ。お嬢さんみたいな美味しそうな人を、折角見付けたっていうのに」掴まれた手首にぐっと力が籠って、名前は今度こそ悲鳴を上げた。「俺は代々吸血鬼の家柄でね。ちゃんと作法も心得てる。大丈夫、痛いのは最初だけですぐに気持ち良くなるから」
「それじゃ、いただきます」
 にっこりと笑った怪人がその鋭利な歯の並んだ口をかぱりと開け、名前の首元へ顔を降ろす。男の吐息が首元に掛かった時、漸く名前が叫んだ。
「私、怪人です!」


 男はぴたりと動きを止め、それから身を起こした。
「……怪人?」
 首が取れそうになるほど縦に振る。思うところがあったのか、男は名前の手を放した。「確かに、まあ……人間にしちゃ元気すぎると思ったが……」男がぼやく。
「ほんとに怪人?」
「ほんとにほんとです」
 涙目になりながら訴えた。
 どうも、この怪人は勘違いをしていたようだった。名前は見た目がほぼ人間のままだったから、人間を襲うつもりで名前に襲い掛かったのだろう。気付かない内に自分が何か大変なことをしでかしていたのではないかと気が気ではなかった名前だが、どうも自分に非はないらしいと解り、心底ほっとする。

 男が名前の両肩に手を掛けた。
「いいねぇ、好都合だよ」


「……は、い?」
 彼が何を言っているのか解らなかった。やはり、男の口からは鋭い歯が垣間見える。「怪人ってことはつまり、人間以上に丈夫って事だろ?」
 大丈夫、同類を殺したりしないからと、男はにっこりと笑ってみせた。
 掴まれた肩がぎしぎしと痛み出す。男がほんの少しの力で服を引っ張るだけで、名前の白い首は露わになった。目の前に居る吸血鬼は舌なめずりをする。その舌はひどく赤かった。男は随分と興奮しているようで、名前はとうとう逃げられないことを覚悟しなければならなかった。
「それじゃあ改めまして、いただきます」
 怪人になってから怪人に襲われるだなんて思わなかった。殺されはしなかったが、ひどい貧血を起こし、暫くまともに動けなかった。吸い過ぎだこの馬鹿。

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