禁則事項

 最近、「リドルうっぜー」というのが私の密かな口癖になりつつある。もちろん口には出さない。心の中で呟くだけだ。本人を目の前にした時も、そんな素振りは絶対に見せない。まあ気付かれているかもしれないが、もし気付いているのなら、その上で私にちょっかいを出してくるリドルは甚だ性質が悪い。
 リドルは誰に対しても当たり障りのない、にこやかな対応をする癖に、私に対しては微笑みのほの字も見せなかった。嫌いなら嫌いでそっとしておいて欲しいと思う。ミスター・優等生はスラグホーン先生のお気に入りでもあって、魔法薬については可もなく不可もない私とは大違いだ。私も一応はスリザリン寮の生徒だから、もしかしたらスラグホーン先生は寮監として私の顔と名前ぐらいは一致して覚えてくれているかもしれないが、それでも奴はズルいと思う。あーあ、リドル君ちょっと爆発してきてくれないかな。木端微塵に。
 私の言うリドルは同い年のトム・リドルの事だったが、そのトムは現在私の隣に座っていた。図書室には沢山の空席があるのに、わざわざ私の隣に座るリドルはどういうつもりなのか。毎回毎回、彼の話を聞き流さなければならない此方の身にもなるべきだ、絶対。
「前に話したけど、僕はマグルの孤児院で育ったんだ」
「そうだったかもしれない」
 相槌を打たないと、後でどんな事になるか解らないので(以前頑なに無視したら、次の日ちょっと廊下でおしゃべりをしていただけで、防衛術のメリィソート先生に減点をくらった。三十点。友人達とメリィソートについてアレコレ文句をぶちまけ合うのは楽しかったが、のちにあれはリドルの仕業だったんじゃないかと私は気が付いた(殴りたい)。私は分厚い図鑑を捲りながら適当に返事をする。

 おざなりな返事をしたが、彼が孤児院で育ったという事を以前に聞いた事は、うっすらと覚えていた。どうしてリドルはわざわざそんな嘘をつくのだろう。才色兼備で蛇とも話ができるトム・リドルが、実は母親がマグルで、マグルの孤児院で育てられて、十一歳になるまで自分が魔法使いだと知らなかったなんて、そんな事があるわけなじゃないか。その事を知っているのが私だけだというから、ますます信憑性に欠ける。リドルはどうやら、私が何でもかんでも信じて馬鹿を見る様を見たいらしい。
「ああ、君は知らないかもしれないね。マグル生まれの子どもには、学校から教師が説明に行くことになっているんだ。魔法を知らないマグルからしてみれば、あの手紙は悪質な悪戯に見えるから。それで、僕のところにも教師が一人来た。ダンブルドアだった」
「ふうん、そうなの」と、適当に返事を返す。今はリドルなんかにかまっている場合ではない。早くボウトラックルのスケッチを完成させなければならないのだ。やっとボウトラックルが載っているページを見つけて、私は羊皮紙に細かな部分を書き足し始めた。
 図書室は本来静かにすべきところだけど、ホグワーツの図書館でまったくの静寂が保たれている事は珍しい。先ほどから、リドルの声しかしないのは何故だろう。ああそうだ、今日はいつもより奥の方に座ったんだ。それなのに、どうしてわざわざリドルが私の所までやってきたのだろう。
「トム、貴方って、ダンブルドア先生の事好きじゃないわよね」
「……はは、そうかな?」リドルが言った。

 珍しいこともあるものだ。リドルは私と一緒に居る時に笑う事は滅多にない。
 前々から、どうもリドルはダンブルドア先生に対して、他の先生にするように媚び入っていないとは思ってはいたのだが、何かおかしなことを言っただろうか。そう思って初めて顔を上げてリドルの方を見ると、リドルは少しだけ、驚いたような顔をした。
 そしてそのまま、くすくすと笑い始める。
「まあ、ね。好きじゃないっていうのは正しいかな――それで、ダンブルドアが言ったんだ。ホグワーツでは盗みは許されないってね」
 今まで、これほどまで近くでリドルの顔を真正面から見た事はなかった。端正な顔をしていると思う。鼻はすらっと高いし、女の子かと見間違うほど睫毛が長い。肌も綺麗だ、羨ましい。こんなハンサムがにこにこしていたら、そりゃあ人気者になるだろう。
 見惚れているわけではない、と思いたい。
「盗み、って、何の事なの?」
「何って、そのままの意味だよ。僕は昔、ワルだったんだ」
「……よく言うわ、優等生のくせに」
 リドルがいつになく微笑んでいるからか、つられて僅かだが笑ってしまった。

「で、僕は孤児院になんか居たくなかったから、彼の言う事を聞いた。でも、これは仕方がないと思うんだ」
「これって、一体何の話なの?」
 問い返した瞬間、リドルの顔がすぐ近くに迫っていた。そして唇に何かが触れる。それがリドルの唇である事に気付いたのは一瞬後で、リドルにキスされていると気付いたのはそれからまた少し後だ。
 ほんの短い間だったが、私の顔が赤く染まるのはそれよりももっと短い時間だった。
「それで、君、一体いつになったら僕の物になってくれるんだ?」

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