たこ焼き

 好きな人と一緒に居て何が良いかというと、楽しいことや嬉しいことが二倍にも三倍にもなることだろう。名前はそう思っている。一緒に好きな映画を見たり、美味しいものを食べたりするのは、一人の時よりも何倍もステキになるのだ。
 名前がこの日、ゾンビマンの元へ向かったのもそういう理由からだった。

 しかしどういうわけか、彼は名前の満面の笑みを見て眉根を寄せたのだった。


「少し前にできたばっかりのお店なんだけど、そこのたこ焼きね、本当に美味しいんだよ」
 だから買ってきたのだと、名前はパックを差し出す。中にはたこ焼きが八つ入っている。爪楊枝はちゃんと二つつけてもらった。湯気はとうに消えていたが、まだほんのりと温かい。喜んでくれるとよいのだが、そう思っていたのに、ゾンビマンは――顔を歪めた。
 名前はあれ?と、内心で首を傾げる。
「あの……たこ焼き、嫌いだった?」
「……いや、嫌いじゃねえぜ」
 歯切れの悪い返事に、名前はますます不安になる。
 ゾンビマンはいつも、名前のことを大切にしてくれている。それは名前も同じだ。彼が名前に対して眉を顰めるなど、滅多にあることじゃない。
 たこ焼きが嫌いだったのかと思えば、そういうわけでもないらしく、訳が分からなかった。もしかすると本当はたこ焼きが嫌いで、買ってきた名前の手前、嘘をついているのかもしれない。しかしゾンビマンは嫌なことは嫌とはっきり言う男だから、その可能性は薄いだろう。
 名前は単に、彼に喜んでもらいたかっただけだ。
「――じゃ、一緒に食べようよ」

 たこ焼きに楊枝を刺し、ゾンビマンに差し出す。鰹節の欠片がひらりと舞った。ゾンビマンは逡巡しているような表情をしていたが、やがて「いや、俺はいいよ」と言った。緩やかな拒否。
「名前が食えよ。折角買ってきたんだろ、美味い店のを」
「そうだよ。ねえ、嫌いじゃないんでしょ?」
「ああ」
 じゃあ良いじゃないとずいと差し出せば、ゾンビマンの方も手の平を立てて拒否の意を示した。
「それとも、お腹空いてないの?」
「別にそういうわけじゃねえよ」
 今度は名前の方が眉を顰める。嫌いでもなく、満腹なわけでもない。あれか、私のたこ焼きが食べれないのか。そう口に出せば、酔っ払いのみてえだなと薄く笑われた。
 ゾンビマンは別に、たこ焼きが嫌いなわけではなかった。アレルギーがあるわけでもなし――彼女の勧めを拒否する理由はただ一つ、たこ焼きという食べ物が進化の家を連想させるからだった。彼女が買ってきたのがイカ焼きであれば、喜んで一緒に食べただろう。
 もっとも、彼女があまりに勧めてくるから、意固地になって拒否をしている部分は少なからずあるのだが。

 それから暫く問答が続いた。名前は無論、何故ゾンビマンがこうまでたこ焼きを拒否するのかその理由を知らなかった。嫌いだというのであれば、名前だって無理やりに食べさせたりはしない。しかしそうでないのならば、一つくらい、食べてくれたって良いじゃないか。
「ねえ、一つくらい食べ――」
「うるせえな、そんなに言うならお前が食べたら良いだろうが」
 一瞬の出来事だった。名前の手からたこ焼きを奪い取ったゾンビマンは、そのまま名前の口にそのたこ焼きを押し込んだ。ふがっ、と、間抜けな声が出る。たこ焼きは大きく、小さく噛み切ろうとした瞬間、ゾンビマンの左手が名前の口を押えた。もしかすると、名前が吐き出すと思ったのかもしれない。
 息苦しさと、たこ焼きの熱さとが相俟って、涙目になりながらも何とか食べ終える。ゾンビマンがそっと手を離した。
「――無理やり食わされたら、嫌だろ」
「ごめんね……」
 名前がそう呟くと、ゾンビマンも「俺も意地になって悪かったよ」と謝った。
「折角名前が買ってきてくれたのにな。ほら、一緒に食おうぜ」
「……うん」
 二人で食べるたこ焼きは、やはり一人で食べるよりも何倍も美味しかった。


「ところで、何て店だっていった?」
「えーとね、たこ焼きの家っていうお店」
「…………」

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