何が良いかと尋ねても、どうせ解らないと返ってくるのだろうと、何を観るかは名前が選んだ。そしてやはり、ロクゴーは子供料金で購入することができた。名前以外の人間から見ても、彼は小学生以下に見えるらしい。そりゃ、もしかすると本当に十二歳以下かもしれないが、それでも複雑な気持ちだった。
 まさか、親子に見られちゃいないだろうな。
 選んだのは今話題のアクションものだ。男なら大半がこういうのを好きだと思うし、親子連れにも評判だからというのが選んだ理由だった。名前はロクゴーが何を好きなのか知らないし、何を嫌いなのかも知らない。
 ロクゴーは映画館の雰囲気に気圧されているようだった。確かに、今までの店とは違う独特の空間がここには広がっている。そわそわと落ち着きなく辺りを見回しているロクゴーは、本当に映画館に来たことがなかったのかもしれない。
「ロクゴー、何か食べる物でも買ってくか? 今日くらいは買ってやるぜ」
「食べるもの?」
「いや……何でもない」
 困惑顔のロクゴーを余所に、名前は内心で笑いながらオレンジジュースとコーラ、それからおまけとしてポップコーンを購入した。ポップコーンの入った容器をロクゴーに持たせる。彼はどうやら、このいくつもの白い物体が、食べるものであることすら解っていないらしかった。

 入館が始まり、名前達も上映室に入った。指定の席に座り、オレンジとコーラのどっちが良いかと尋ねる。予想通り、ロクゴーはその二種類のこともよく解ってないようだった。本当にどういう生活をしてきたのだろう。育児放棄と言っても、食べ物の名称くらいは解るものなんじゃないのか。それを知らないとなると、逆にどうやったらこれほど無知な状態に育つのか知りたいものだ。
「まあ、どっちも飲んでみたら良い。まずこっちがオレンジジュースだ」
 紙コップを手渡すと、ロクゴーはその冷たさに驚いたようだった。氷がじゃらりと音を立てる。何をしたらいいのか解らないらしいロクゴーに、「ストロー……その棒に、口を付けて吸うんだ。中に入ってるのは飲み物だよ」と説明を加えた。やってみた方が早いかと、コーラを飲んでみせる。ようやく納得が行ったらしいロクゴーが、容器のストローに口を付けた。
 吸い上げた瞬間、ロクゴーの目の色が変わった。
 きらきらと目が輝き出し、どうやら興奮しているようだった。「これ、美味しいな!」
「これじゃなくてオレンジジュースな」
「オレンジジュース!」
 感動のあまり、顔が火照っている。仄暗い照明の下でも、その様子は手に取るように解った。興奮しているロクゴーを余所に、名前は一人笑った。
「じゃあ次はこっちな、コーラってんだが、さっきのとはちょっと違うからな。気を付けろよ」
 コーラを飲んだロクゴーが黙り込んだのを見て、名前は再び笑った。
「どっちが良い」
「……おれんじ」

 飲み物の容器は使わない時は此処に置いておけば良い、と肘置きの先を示してやり、映画が始まるのを待った。時々ポップコーンをつまみながら(やはりロクゴーはポップコーンも知らなかった)、二人で他愛のない雑談をする。席の半分ほどが埋まった頃、スクリーンが注意事項ではなく映画の宣伝を流し出し、辺りが暗くなった。
「名前、さん……」
「へーきだ、へーき。俺も隣に居るからよ」
 不安どころか恐怖すら感じているらしいロクゴーの、その手を握ってやる。細いその手は震えていたが、名前が握った途端にそれは収まった。


 始まった映画は人気漫画を実写化したもので、笑いあり涙ありのストーリーだった。映画そのものも確かに面白かったが、それよりもロクゴーを見ている方が面白かった。
 ロクゴーはまず、大きなスクリーンそのものに圧倒されていた。それから映画が始まると、のめり込むようにして没頭していた。あれほど気に入っていたオレンジジュースや、ポップコーンの存在すら忘れて。ロクゴーは主人公の息子が女の子にちょっかいを掛けて返り討ちにされるシーンでは笑い、主人公が若者を叱るシーンでは一緒になって怒っていた。感受性の豊かな奴だ。

[ 293/832 ]

[*prev] [next#]
[モドル]
[しおりを挟む]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -