ぴかぴかと光る運動靴へ、ロクゴーは先程から何度も目を向けていた。歩いているだけで楽しいらしく、遅れがちなロクゴーを見ながら、安上がりな奴だと半ば感心した。まさか、靴を履いたことすらなかったんじゃないだろうな。嫌な想像をしながら、「置いてくぞ」と声を掛ける。ロクゴーは慌ててぱたぱたと駆け寄った。
「あの、ありがとう名前さん」
「あ? ああ、良かったな」
 痩せ細り、汚れた服を着、サイズの合わないコートを纏い、おまけにぶかぶかのスニーカーを履いていたロクゴーを見て、靴屋の店員はこれでもかと言わんばかりに怪訝な顔をしていた。一刻も早く、服も揃えてやらなくては。俺の精神的健康の為にも。
 衣装箪笥に眠っていたもう一枚のコートは薄地で、少々風通しが良過ぎた。ぶるりと身を震わせながら服屋へ向かう。

 服屋に入ったロクゴーは、興奮の二文字では表せないほど楽しそうだった。靴屋でもそれは同じだったが、服屋はよりカラフルで明るい雰囲気だから、より興味を引かれるのではないか。あちらこちらに目を走らせるロクゴー。車の中でも、これほどじゃなかったように思う。やはり、こういう店に入ったことがなかったのだろうか。
 辺りを見回し過ぎて、足がもつれそうになっている。目が足りないと思っていそうだった。
「こっちだロクゴー」
 そう声を掛けてやれば、ロクゴーは駆け寄ってくる。中高生が好みそうなブランドの前へ連れて行って、好きなのを選べよと口にした。しかしロクゴーは不安げに名前を見上げるだけで、動こうとはしない。仕方なく適当にサイズの違う服を三着選んでやり、そこの試着室で試しに着てみろと促す。意図を解りかねているらしいロクゴーに、サイズが解らねえだろうがと付け加えた。
 待つこと数分、どうやら痩せているロクゴーは、身長で選ぶとその痩せぎすな体型ゆえに、なかなかサイズが合わないようだった。かといって、体型で選べば丈が足りない。ロクゴーは申し訳なさそうに眉を下げていた。まあこれ以上痩せることはないだろうし、そもそも太らせるつもりだったのだ、何とかなるだろう。服は彼の身長で選び、ズボンも同じようにして何着か購入した。
「ロクゴー、黒が好きなのか?」
 ロクゴーが選んだ服の内、いくつかが黒い色をしていた。彼は名前を見上げ、「名前さんが着てるのと似てたから」とのたまった。確かに名前は今日、黒い服を着ている。黙り込んだ名前を見て、ロクゴーは不思議そうな顔をしていた。

 靴は買った、服も買った。他に要るものは何だろう。名前は頭を捻る。犬猫のことならば簡単に解るが、人間相手ではそうはいかない。まあ辺りを歩いている内に思い付くかと、名前はロクゴーを連れて再び歩き出した。
 黒い服を着ているロクゴーは、やはり名前のコートを引き摺っていた。彼のサイズに合ったものを買ってやると言ったのだが、どうしてもこれが良いと言って聞かなかったのだ。コートに執着があるわけでもなし、彼に貸したままにしている事については一向に構わないのだが、ぶかぶかのコートを纏っているロクゴーは人目を引いた。家に帰ったら、少々裾を調節してやるべきだろうか。

 ふと、前方から人の波が押し寄せてくるのが目に付いた。道の端に寄り、ロクゴーには自分の後ろを歩くよう言い含めて、その人波を観察する。このショッピングモールには何度か来たことがあったが、この先にあったものは何だっただろうか。ほんの数秒で思い出す。
「――来い、ロクゴー。良い所に連れてってやる」
 ロクゴーはぽかんとしていて、名前は一人笑った。

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