名前だって、まったくの馬鹿ではなかった。そりゃ、二ヶ月も人間の世界で暮らしているのだから、多少の知識は身に付く。いくら引き籠っているからといって、この情報化社会だ。行動範囲は狭められているが、それは知識を得ることの妨げにはならない。海の中だけで過ごしていた時とは比べ物にならないほどに、名前は博識になっていた。もちろん、その大半が自分の目で見たものではないわけだが、それはまあ、仕方がない。
 まさか、無免ライダーが名前を閉じ込めるよう、何か得体の知れない力を使っているのでは。
 広い世の中、超能力者などと呼ばれる部類が存在していることくらい、名前も知っている。ヒーローの中にも何人か居るという。無免ライダーがそうした未知なる力を使っているのであれば、名前がこの家から出られないことの理由にもなる。しかしそれが有り得ないことも解っている。
 名前は、出ようと思えばこの家から出ることもできるのだ。
 それは今日の外出が物語っていた。この日、名前はほぼ二ヶ月ぶりにこの家の外へと出ている。全て、無免ライダーに促されてのことだ。姿が解らないようにしていれば、大丈夫だからと。
 彼は、名前が自分が人間に馴染めないから外出しないのだと、何故かは知らないがそう思い込んでいた。だから今日、名前は不審者丸出しの恰好で表へ出たのだ。バイクに乗るわけでもないのにライダースーツ、ヘルメット、ゴーグル、手袋まで付けて。結局のところ名前は好きな時に好きなように外へ出られるし、姿さえ隠していれば、人間も名前を攻撃しないことが判明した。
 海人族と言っても、姿形は様々で、まるきり魚や蛸のような姿をしている者も居れば、名前のように人型をしている者も居る。名前の場合、確かに肌の色は人間と違うし、顔の両脇には耳ではなく鰭が生えていた。しかしそれらの部分さえ隠せば、ほぼ人間と変わらないのだ。
 まあ、そもそも無免ライダーは超能力者ではないわけだしなと、名前は思う。

 妙といえば、無免ライダーの方だって妙なのだ。何故いつまで経っても怪人と寝食を共にしているのか。名前と一緒に暮らしていて、彼に利益などある筈がない。むしろ無免ライダーは損ばかりしていると思うのだが。一人で暮らすのと、二人で暮らすのとでは、大きく差がある。
 名前は人間についての興味や関心を失っていたし、それどころか「ヒーロー」がトラウマになってすらいるのだが、無免ライダーのことはそうではなかった。彼のことなら、興味は尽きない。彼がどうしてヒーローをしているのかや、どういった物が好きなのかなど、逐一知っておきたいと思う。
 むしろ、無免ライダーのことに関して言うなら、知れば知るほど満足から遠のいていく気がしてならない。どうしてなのか、名前はその理由を知らなかった。

 名前が頭を捻っているのを見て、無免ライダーは合点が行ったとでもいうように、にやりと笑った。
「名前さん、もっと外に出たくなったんだろう」


 ――何を馬鹿な。そういう気持ちを込めて、名前が眉根を寄せた。確かに彼の家に居続けている理由こそ解らないが、名前は居候の身であるわけで、それなのに勝手に遊び歩こうだなどとは思わない。しかしいくら否定の意を表しても、無免ライダーは歯牙にもかけなかった。
「家に一人で居るばかりで、退屈していたんじゃないのか? 君だって、もっと色々な事をしたいんだろう。ちゃんと帰ってきてくれるなら、俺は君が昼間にどこへ行っていようと構わないよ」
「別に……退屈してなんか……」
 名前が口籠ると、無免ライダーは「そう?」と微かに笑う。
「それなら良いけど」そう言ってから、無免ライダーは付け足した。「でも、名前さんは趣味を持つべきかもしれないね」
「俺は付き合ってあげられないけど」
「趣味ってったって……」
「何かやりたい事はあるかい?」
 名前は首を振った。でも退屈しているのは事実なんだろうと、無免ライダーは言った。どうやら日中の名前が、暇を持て余していると決め付けているようだ。確かに彼の言っていることは当たっているのだが、此方が否定しているのに勝手に結論付けられてはたまらない。「しかし、俺も趣味といってそれらしきものはないしな……」
「しいて言うなら、人助けが俺の趣味か……」
 そう小さく彼は呟いた。名前は黙って無免ライダーを眺めていたのだが、彼がさも良い事を閃いたという顔付きをして、「名前さん、ヒーローになってみるっていうのはどうだい?」と笑い掛けた時には、流石に頭がおかしいんじゃないかと思わざるを得なかった。

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