A市が破壊されてから、一ヶ月ほどが経った。
 例のエイリアンに吹き飛ばされた左腕は、結局元通りにすることはできなかった。そもそもにして腕自体がどこかへ行ってしまっている。恐らく、どこぞの瓦礫の隙間にでも挟まっているのではないか。切断された後も処置が的確であったならば再び縫い付けることも不可能ではないらしいが、腕自体がないのではなす術がない。

 退院した後、弟子仲間の連中は良かったですと涙ぐむ者が大勢居て、少々面食らった。オカマイタチやブシドリルなど、何度も見舞いに来ていたくせにその有様で、此方が戸惑うほどだ。アトミック侍は隻腕となって戻ってきたイアイアンを見て、右腕だけでも刀を振るえるよう稽古をつけてやると、薄らと笑った。その力のない笑みに、勢いよく「はい!」と返す。アトミック侍はその時に初めてにやりと口角を上げ、いつものように快活に笑った。
 医者からの退院許可は取り付けたとはいえ、イアイアンは未だ怪我人だった。左腕に巻かれた包帯は朝晩と取り換える必要があり、その役に選ばれたのは名前だった。
 名前は帰ってきたイアイアンを見て、泣きこそしなかったが、そのあどけなさが残る顔を強張らせていた。能天気そうな彼女でも――アトミック侍のことしか考えていない彼女でも、他の誰かによってその表情を変えることがあるのかと、妙に感心した覚えがある。
 そう言えば、彼女は一度も見舞いには来なかった。

 名前がイアイアンの世話役に選ばれたのは、恐らく彼女が女だからなのだろう。満場一致で決まったそれに、誰もが反論しなかった。大雑把で能天気な名前、そんな彼女でも弟子の中で唯一の女であって、他の男共よりは面倒見が良い筈だというのが皆の意見だった。もしかすると、手当てをされる側の立場として、男よりも女の方が良いだろうと思いやった者も居るのかもしれない。その意見には、賛成だ。
 彼女が弟子入りした当初、袴の履き方が解らないと喚いていたのを覚えているイアイアンとしては、彼女が自分の手助けをすることに決まった時、一抹の不安を覚えた。皆の手前口にはしなかったが、誰だってそう思うのではないか。
 しかし予想に反し、名前の手際は見事なものだった。
 するすると白い包帯が巻かれていく間、彼女は途中でつっかえたりしなかった。きつくもなく緩くもなく、しっかりと巻かれたそれは、看護師がやったものと比べても遜色ない。
 この一年、彼女は自分で包帯を巻き続けていたのだろうか。

「上手いもんだな」彼女が最後にくっと縛り上げた時、イアイアンはそう口にした。
 少しだけ左腕を上下させてみると、僅かな拘束感はあるものの、痛くはない。袴すら履けなかったのに、こうも器用に巻けるようになるのかと半ば感心して名前を見遣れば、彼女は唇を真一文字に引き結び、その眉をこれでもかと言わんばかりに寄せていた。
 何故だか、泣いているようだと思った。
 確かに名前は一拍置いて涙を流し始めたが、その時には決して泣いてはいなかったのに。


 年甲斐もなく泣き始めた名前に、イアイアンは何を言うでもなく、ただ呆気に取られた。子供のように、声を上げて泣く名前。彼女がどうして泣いているのか、さっぱり解らなかった。
 しかし――しかし、綺麗だと思った。
 別に泣き方が綺麗だというのではない。むしろわんわんと泣き声を上げ、鼻水すら垂れ始めたその様は、汚らしくさえあった。もしもこれが名前でなく見知らぬ誰かだったら、お人好しの自分ですら見なかった振りをしたかもしれない。
 誰かの為に大声を上げて泣く、そんな彼女を、ただ美しいと思った。
「名前、どうした」
 イアイアンは困り切ってしまって、結局言葉を何も飾らないまま、そう問い掛けた。名前が嗚咽を漏らし、ますますイアイアンは困ってしまう。彼女は今、自分の左側に位置しているから、その背を擦ろうと思っても腕がないのだ。

 左腕は、もうないのだ。

 名前は途切れ途切れに言葉を発した。もう先輩の左腕は無いのだと。折角今まで、剣士としてやってきたのにと。その口振りは、まるでイアイアンが剣の道を諦めざるを得ないかのような言い方で、思わず苦笑した。「勝手に人の生き方を決めてくれるなよ」
「俺は剣を諦めるつもりはない。アトミック師匠も、稽古を付けて下さると言って下さったしな」
「……先輩の強情っ張り」
「どっちがだ」
 すんすんと鼻を鳴らす名前に、イアイアンは笑った。
「ほら、泣くな。右手でなら撫でてやれるから」
 右手を彼女の頭に載せると、名前は再び涙を零した。

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