A級38位。それが名前の今の実力だった。A級になって間もなく、またA級はそれぞれの実力がB級やC級の比ではなく、ランクを上げるのはなかなか難しいのだ。それでも名前の剣の腕前は確かで、もう数ヶ月もすれば十番代には入るのではないか、と、イアイアンはそう睨んでいる。
 ちなみに、ヒーローネームはまだない。彼女自身は以前、「アトミックガールがいいです!」とのたまっていた。ガールという年じゃないだろうという突込みに、誰もが笑った。名前も笑っていた。

 名前が怪人に切り掛かる。
 怪人と向き合う彼女は、本来の彼女よりずっと小柄に見えた。しかしその太刀筋は力強く、彼女がアトミック侍の教えをしっかり身に付けていることが解る。イアイアンは名前が実際に戦っている場面を、これまでにあまり見たことがなかった。A級に上がっただけあって、その動きには一切の無駄が無く、なめらかだ。
 名前がぐっと踏み込み、鮮血が舞う。
「おい名前、大丈夫か? 手伝ってやろうか」
 イアイアンの隣に立つブシドリルが、間延びした声でそう尋ねる。名前は襲ってきた怪人を蹴り飛ばし、此方に見向きもせずに「いいです!」と叫んだ。
「先輩達はそこで見てて下さい! 手、出さないで下さいね! 先輩方に手柄取られちゃ意味ないんですから!」
 再び襲い掛かった怪人に、名前は刀を振りかぶる。相手の怪人は数は多いが、彼女の口振りからも解るように、一体一体の力はさほど強くはないようだ。切っては捨て切っては捨て、名前は段々とその数を減らしていく。
 この場は彼女に任せてみよう、それがイアイアン達三人が出した結論だった。無論、彼女が一人では対処し切れない時や、思わぬダメージを負ってしまった時は手を貸すつもりでいる
「そうかよ」ブシドリルが言った。拗ねているようでもあり、笑っているような、そんな声だった。


 全ての怪人が地に伏した時、立っているのは名前一人だった。流石に疲弊したようで、肩で息をしている。いくらか血がついているが、大半が返り血だろう。観衆から拍手が沸き起こると、名前は照れたように頭へ手をやった。

「おう、名前、よくやったな」
 イアイアン達の方に戻ってきた名前に、そう声を掛けたのはブシドリルだった。何だかんだ言って彼は名前のことを気に掛けている。彼女は少しだけ目を見開き、「ありがとうございます」と幾分小さな声で言った。照れているらしかった。
「でもなー、あーあ、どうせならアトミック師匠に褒められたいなー」
「おい斬るぞこの馬鹿」
 ブシドリルは米神をひくつかせる。
 彼とオカマイタチが言い争いを始めたのを後目に(「何よドリル、もっと素直に褒めてあげたらいいじゃない」「……充分素直だろうが……」「女の子はいつでも甘やかして貰いたいもんなのよ。私だってそうだもの」「オイ、誰が女の子だって?」「それって私のこと、一人のオンナとして見てくれてるってこと?」「斬っていいか」)、名前がイアイアンを見上げた。
 自分にも、賛辞を求めているのだろうか。まあ彼女の剣技は見事なものだったし、褒めること自体はやぶさかではない。しかしイアイアンが口を開くよりも先に、名前が言葉を発した。
「今日は撫でてくれないんですか?」

 イアイアンは「は、」と口を開きかけ、彼女の言葉を脳内で噛み砕く。きちんと理解するのに、いくらか時間が掛かった。

 かあっと照れくさくなって、つい「うるさい!」と怒鳴りながら、褒め言葉の代わりに拳骨を落としてしまった。
 イアイアンの怒号に、何事かとブシドリル達が振り向いた。そこには頭を押さえてひいひい呻き声を上げている名前と、未だ握り拳を解かないイアイアンが居る。二人はまた名前が何か馬鹿なことをしたのだろうと、呆れ半分に口にした。
「正当な褒賞を要求しただけです!」
「何が正当だ!」
 イアイアンの顔の赤らみを怒りによるそれと思ったようで、ブシドリル達はからからと笑うだけだった。その日、名前のヒーローランクはA級35位に上がった。

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