「なあロクゴー、お前の親はどんな奴だったんだ?」
 少年の目が見開かれる。それは恐怖に慄いているように見えて、名前は言葉の取捨選択を誤ったことを痛感した。


 朝食染みた昼食を済ませた後、名前はロクゴーに色々な質問を投げ掛けた。好きなテレビ番組は何かとか、学校の授業では何が好きかとか、そんな他愛のないことを。どうもロクゴーは名前に対し信頼を寄せているようで、名前の質問には逐一返事をした。テレビとは何か解らない、学校とは何か解らない。
 おどけてみせればけらけら笑い、名前自身のことを話せば興味深そうに目を輝かせるロクゴー。彼の赤い目を綺麗だと思う反面、これほど赤い目をした人間が何人居るだろうと頭の片隅で考える。
 中高生がどんな話を好むのかいまいち掴めなかった為に、時折作り話も混ざったが、話している最中、名前はたびたびロクゴーを観察していた。
 応答にはまったく問題がなかった。少なくとも受け答えには。
 ぶかぶかのコートを纏っているロクゴーは、そのサイズが大き過ぎるコートの上からでも一般の中学男児より痩せていることが目に見えて解る。どうしてこれほど痩せているのか。ヤニの染み付いたコートだったが、他に着せられるようなものがあるもなし、本人も気に入っているようだったので結局そのままにしていた。
 電波を受信し娯楽を与える電子機器を知らず、国から認められた教育機関すら知らないこの少年は、今までどうやって生きてきたのだろう。

 そして冒頭の問いへ戻る。
 失敗したなあと、名前は思う。
 これは虐待でファイナルアンサーだ。仮にそうでなかったとして、親のことを聞いただけでこれほどまでに挙動不審になるものだろうか。目は落ち着きなく揺れ動き、口は物言いたげに開閉を繰り返した。細く白い指先は哀れなほどに震えている。
 ロクゴーに会うまで、虐待なんてものはテレビや新聞の中でしか存在しないもののように思っていた。人間は、自分の尺度でしかものを測ることができない。名前にとって、子供が虐げられる環境などというものは“有り得ない”ものだったのだ。
 仮に実在の事象だとしても、自分には関係のないことに変わりがなかった。対岸の火事だったのだ、虐待などというものは。
 家族は皆仲が良く、兄弟は居るが喧嘩すらしたことがなかった。両親は名前を大事にしてくれた。それが当たり前で、他の家族も似たようなものなのだろうと、漠然とそう思っていた。全てが全てそうではないことくらいは、理解していたが。

 何と言うのだったか。そう、育児放棄だ。
 虐待といっても大小さまざまで、この少年の場合は育児を放棄されることがそうだったのだろうと、勝手に結論付けた。でなければ、テレビも学校も知らないなんてことは有り得ないじゃないか。義務教育は親が子に教育を受けさせる義務があるから、そう名がついているのに。まあ、ここまで育っているだけで幸運なのだろうか。
 死んでないだけ、マシだろうか。
 嫌な想像をしてしまった。この少年とは縁もゆかりもないが、死んでいるよりは生きている方がずっと良い。正直なところ、あの路地裏で死んでいたならそのまま捨て置いていたかもしれない。誰かが通報するだろうと、ご都合主義的解釈をして。
 ――いや、縁はできたのか。合縁奇縁、一期一会。本人が落ち着くまでくらいは、面倒を見てやろうかと、そう思った。名前のことをお人好しと称したのは、一体誰だったか。

 名前は未だ震えるロクゴーを見据えながら、冷めかけたコーヒーを啜った。湯の比率が高いそれは気に入りのブレンドだったが、嫌に苦く感じられた。

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