往復七分

 地球外生命体との接触、それがクラスメイトである暗田の夢だった。
 どうしてそれを――あまり人に言い広めるような内容でもないそれを名前が知っているのかというと、名前と彼女が三年間同じクラスであり、何かと接点が多かったからに過ぎない。隣の席になったことも数回あるし、二年の時には同じ委員会にも属していた。言葉を交わすくらいには仲が良い。と、思う。
 中学生の男女というのは微妙な年頃で、名前も暗田も他にクラスメイトが居る時には一言も口を利かなかった。しかしいざ二人きりになれば、どちらともなく話し始める。最初に――一番最初に話し掛けたのは、果たしてどちらだっただろうか。俺か、暗田か?
 この日は掃除当番で、名前と暗田がごみを捨てに行く係になった。焼却炉は遠く校庭の隅にあり、誰もがやりがたらない仕事で、名前と暗田はどちらもパーを出してしまったのだ。それが敗因だ。
 教室のごみ箱から抜き取った巨大なごみ袋は名前が持ち、廊下の各所で集めたごみは暗田が運ぶ。どちらも役割分担には不満はなかったが、焼却炉まで行くことを考えると気が滅入る。この仕事が嫌われる一番の要因は、ちんたらしていると放課後になってしまい、自分達だけ部活動の時間を減らすことになる事だ。

 二人が話すことといえば、主に授業の愚痴や、部活での出来事だったが、何もそれに限ったことではない。名前は彼女の夢を知っているし、彼女も名前が毎日の給食だけを生き甲斐にしていることを知っている。
 この日も、二人で心なしか早足になって廊下を歩きながら、他愛のないことを話した。
「そういえば、どうなったんだっけ? 脳電部」
「廃部になったわ」
「は? え、大変じゃんそれ」
「脳電部は廃部になったけど、肉改部のおかげで部室は使えることになったの」
「肉……何?」
「肉体改造部」
 耳慣れない言葉に名前が内心で首を傾げていると、暗田がちらりと此方を見た。それから「新しくできたクラブよ。肉体を改造するらしいわ。筋トレとかして」と付け足す。補足の言葉を聞いてもいまいち解らないが、ボディービルダーを目指す、みたいなものだろうか。
「脳電部のだった部室を肉改部が使うことになったんだけど、あの人達部室は器材置場として使いたいだけだから、空いてる所なら使ってても構わないって言ってくれたのよ」
「おお……良かったじゃん」
「まあね」
 それもこれもあの鬼が悪いのよとぶつぶつぼやいている暗田に少しだけ笑う。副会長、生真面目な人だからなあ。
「そもそも名字、あんたが脳電部に入れば一石二鳥だったのよ」
「うわーごめん暗田、俺が卓球部のエースだったばっかりに」
「この余裕ありげで尚且つ本気で申し訳なさそうなのが腹立つわ……」
 はははと笑いを漏らすと、何笑ってるのよと詰られる。

 二人で上履きを履き替えながら、ふと疑問が湧く。昇降口を出れば誰もおらず、遠く離れた場所に名前達と同じようにごみ捨て係に任命された生徒が見えるだけだった。
「そもそも、脳電部って何するんだっけ?」
「だから、テレパシーで地球外生物との交信を目指すのよ」
 テレパシーねえ……と、そう呟くと、暗田は少しだけむっとしたようだった。「別に信じなくても良いわよ。ただ、超能力者はマジで居るから。テレパシーを使える超能力者を見付けて、その方法を研究することが当面の目標。テレパシーのことを解明すれば、宇宙との交信にも繋がる筈よ」
「信じてる信じてる。それに応援してるよ、俺は」
「口では何とでも言えるわよ。まあ見てなさい、絶対に地球外生命体と接触してみせるから」
「おー……」何やらいつもより強気だ。何かあったのだろうか。別のごみ捨て組とすれ違って暫くしてから、「ガンバ暗田」、とエールを送る。


「――テレパシーってあれだろ、人の心を読むとか、そういうの。何、暗田も使えるようになりたいの?」
「別に他人の心を読みたいとは思わないけど、そうね、私が宇宙人と話せないと意味ないんだから、そういうことになるわね」
「ほほー……」
 暗田がテレパシーを使えるようになったら、少し困る。名前が焼却炉までの道のりを短過ぎると思っていることや、パーを出して良かったと心底思っていることがばれてしまうではないか。
 黙り込んだ名前を見て、暗田は「どうかしたの?」と不思議そうにしていた。彼女の夢は応援しているが、彼女がテレパシーを使えるようになるのは好ましくない。何とか別の方法を見付けてはくれないだろうか。名前は一人、頭を悩ませた。

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