その頬にふれる

 サイタマのお弟子さんだというジェノスくんは、随分と変わった見た目をしている。腕はぎらぎらと鈍色に輝き、両目は白い筈の部分も黒く、金の瞳をしている。彼は、サイボーグなのだ。先日ついたヒーローネームも「鬼サイボーグ」と言い、彼の容姿が特徴的なことを明らかにしていると言っても良いだろう。
 出掛けのスーパーで顔を合わせたのだが、米を買い込んだ名前を見て、彼は自分が運ぶと言って聞かなかった。名前がサイタマの友達だからなのか、彼は妙に気を遣ってくれる。悪い気はしないが、申し訳ないとも思う。いつの間にか馬鹿みたいに強くなっていたサイタマと違って、名前はただの一般人なのだ。S級ヒーローである彼に、敬語を使われるのは妙な気がする。勿論、彼の方が年下ではあるのだけれど。
 落ち着いているんだよなあと、背後で正座しているジェノスを見遣る。荷物を運んでもらったお礼に、お茶でも飲んでいってと、無理やり上がって貰ったのだ。彼が飲食可能であることは知っている。サイタマの家で、何度か一緒に食事をしたことがある。しかし、わざわざ正座しなくてもとは思うのだが、もしかして足は痺れないのだろうか。正座をしているジェノスくんは、実にジェノスくんらしいと思う。

「おまたせ」名前が声を掛けると、ジェノスが顔を上げた。
「ありがとうね、ジェノスくんのおかげで大分楽だったよ」
「いえ、当然のことをしたまでです」
「うん、それでもありがとう」
 名前が微笑むと、ジェノスも微かに目を細めたようだった。年相応に照れているのかもしれない。ヒーローとして活躍している彼だが、普通だったらまだ学生をやっていても良いような年なわけで、こうして照れることもあるのだなあと少し安心する。
 黒々と光る両目や、表情の少ないその顔は、彼のその中身までを機械的に思わせるのだ。
「甘いの、平気? 何だったら、お煎餅とかもあるけど」
「お構いなく。甘い物も好きです」
「そう、良かった」
 頂きますと手を合わせ、ジェノスが食べ始める。お気に入りの白いティーカップは、彼の手の中だと妙に子供っぽく映った。ごつごつした硬い彼の手とは対照的だ。名前の目からジェノスのサイボーグの腕は不便そうに見えて仕方ないのだが、彼は実に器用にカップの取っ手を持ち、口元へ運んでいた。それからバウムクーヘンを小さく切り分けてから、口へと運ぶ。
 もぐもぐと、彼の口が動いている。
 名前の視線を感じたのか、ジェノスは一度飲み込んだあと、「美味しいです」と小さく言った。気を遣わせてしまったようだ。
「お口に合ったのなら何より」
 そう言って、名前も食べ始めた。

 暫くの間、無言の時間が流れた。サイタマが居れば、名前もジェノスも気まずさに苛まれることもなかっただろう。しかし生憎と彼は此処には居ない。二人の共通の会話といえば、サイタマのことくらいしかない。
 そう、私と彼の接点は、それだけしかないのだ。
 ゆるりと沈黙が流れる中、名前は時々ジェノスの方へ視線を向けた。この気まずい雰囲気をどうにかしたかった。もっとも、彼を見たからといってどうにかなるわけではないが。
 どうやらジェノスはゆっくり食べる性質らしく、必要以上に咀嚼を繰り返しているように見受けられた。彼の口は忙しなく上下運動を繰り返す。その動きには少しのぎこちなさも感じられず、顔だけ、いや、口元だけ見ていれば普通の人間と見分けがつかないだろう。
 彼の頬もその唇も、作り物には見えなかった。
 ジェノスが目線を上に向ける。
「あの、俺の顔に何か付いているでしょうか」
 不安げな眼差しだ。
「ううん、ごめんね。ただ、ジェノスくんの顔って、それ、人工の皮膚……だよね?」
「はい、生身の部分は本当に一部ですから。この肌の装甲も全て作り物です」
「そうだよね。でも、すっごく本物っぽく見えて」
「……クセーノ博士がお喜びになります」
 そう呟いたジェノスは、少しだけ嬉しそうだった。

「あの、その、」名前が小さな声で切り出す。「顔、触ってみてもいい?」
 ジェノスがフォークを置いた。
「――どうぞ」
 一瞬、何かを言いたげに口を開き掛けたジェノスだったが、何も言わず、了承の返事をした。名前はゆっくりと向かい側に座る彼へと手を伸ばす。ジェノスの方も、やや身を乗り出すようにしてくれた。
 触れた彼の頬は暖かくはなく、かと言って冷たくもなかった。いやに肌触りの良いそれは子どもの頬のようでもあって、少しだけ押してみればしっかりとした弾力があった。この皮膚の下には硬い金属が潜んでいるのだろうか。到底、そうは思えない。ちらりとジェノスの目へ視線を向けると、彼も名前をじっと見詰めているところだった。
 ジェノスくんは怒らないだろう、多分。
 ほんの少しだけ、彼の頬をつまんでみる。思っていたよりも人工皮膚は薄いのか、彼の口角が吊り上った。手を離せば、それはゆっくりと元に戻る。左手も添え、彼の顔を抱えるようにしてから両方の親指で彼の唇をじわりと押せば、初めてジェノスが言葉を発した。「名前、さん」


 不意に、名前は気が付いた。ジェノスは名前を拒絶しはしなかったが、その眉は困惑気味に顰められ、何か痛みを堪えるかのような顔付きで自分を見ていることに。熱に魘されているようでもある。
 舌っ足らずなそれに、名前はそっと手を離した。「ごめんね」
「ごめんね、ジェノスくん」

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