苦いだけのアメリカンコーヒー

 朝目を覚ますと体中がぎしぎしと音を立て、自分がソファーで寝ていたことに気が付いた。どうして明日に響くと解っていながら、何故そこで寝る羽目になったのか。酒を飲んでいたわけでもなし、寝惚けていたのかと未だ冷めやらぬ頭で考えつつ、ベッドに目を遣りその理由を思い出した。昨日、妙な拾い物をしてしまったのだ。今日は仕事を休むことになりそうだ。名前の一日は、溜息と共に始まる。


 頭をがしがしと掻きながら、ベッドを見下ろす。未だすやすやと眠り続けている少年は、名をロクジュウロクゴー。推定年齢十五歳。家出少年か、事件に巻き込まれたのかは未だ不明。また、少年の言動から虐待されていた可能性もあり。非常に面倒くさい案件である。
 そりゃ、連れ込んだのは俺だが。よくもまあ見知らぬ人間の元で熟睡できるもんだ。
 そんなものだろうか。解らない。今時分の子どもは危機管理の分野をきっちり躾けられているという話を耳にしたのだが。菓子をやると言われてもついていくな、知らない人とは口を利くな、怪しいと思ったらすぐ助けを呼べ――と、児童はそう学校で習う筈だ。まあ、名前を疑う気がそもそもなかったのかもしれない。もしこの少年が名前が思うように虐待されていたのなら、親以外の大人ならば頼りたいと思うのが道理だろう。行きずりの他人なら尚更だ。見知った大人より、SOSは出しやすい筈だ。
 どうしたものかと考えながら、取り敢えずとして名前は朝食を作ることにした。ロクゴーの分も合わせて二人分。ベーコンを炒め、それから卵も炒めてやる。自分一人だったらわざわざそこまでしないのだが。緑菜があれば完璧だっただろう。生憎と、冷蔵庫の中は万年緑黄色が不足している。
 煙草を取り出しながら、ああ客人が居るのだったと思い出した。ベランダに出て、無心になって煙草を吸う。これからの道筋がぼんやりと浮かび上がってくるようだった。本当ならすぐにでも然るべき機関に連絡するべきだったのに、少年が寝るに任せてなあなあにしてしまった。彼が起き次第、昼食を食べ次第理由を聞かなければならないだろう。
 素足で街を彷徨い歩いていた、その理由を。

 ロクゴーが目を覚ましたのは、それから四時間以上が経過し、朝というよりもむしろ昼間の時間帯だった。手持ちの煙草はとっくに吸い尽くし、ソファに腰掛けたまま何をするでもなくただ無意識に貧乏揺すりをしていた、そんな時。名前のコートを羽織ったまま、不安げな顔付きで部屋を見回した。名前の姿を見付けるとその暗い顔がぱあっと華やいだようで、彼に詰問する気が失せるのを感じた。
 懐かれた、らしい。
 遅めの朝食を二人で取る。トーストを焼いてやり、サービスとしてバターも添えてやった。箸の持ち方は普通。食い方も至って問題なし。ただ、温め直しすらしなかったベーコンと卵を美味い美味いと言いたげに勢いよく食べるその様が、名前の心を抉った。そんなに美味いものではない筈だ。ただ有り合せを焼いただけのものなど。初めて食べるような物でも、ない筈だ。物珍しげな眼差しであれもこれもと目を走らせるような物では決して。
「これ、美味しい」
「……これ? 卵のことか」
「たまご」
 タマゴって美味しかったんだなと呟くロクゴー。名前は何も言えず、ただがしがしと頭を掻いた。

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