もう一度、あなたに言葉を紡ぐの

 何故私がこの人を好きになったかというと、簡単な話で、死にそうになっていたところを救われたのが始まりだった。それから命の恩人として接していた相手を、いつのまにか一人の男性として好きになってしまっていたというだけのこと。我ながら、安っぽい小説のような恋だと思う。よくある話じゃないか。これが小説の中ならば、めでたしめでたしで終わるのだろう。実際はそう上手くはいかない。
 しかし、彼のことを好きになった自分のことは、さほど嫌いではなかった。

 アトミック侍は眉を顰める。名前が彼のことを何度も「おっさんおっさん」と呼ぶからだ。彼はその度に自分はおっさんじゃないと、そう律儀に訂正を入れる。自分は三十七歳だ、おっさんではないと。
 三十七歳はおっさんだろう。名前はそう思う。
 彼の中では一体いくつからおっさんに含まれるのか。まあ、私もあと二十年もしたら「自分はまだおばさんじゃない」と言い張るのだろう。そう思うと奇妙だったし、言い知れない切なさが名前を襲った。
 二十年。彼と私の年の差だ。
 人一人が成人できるだけの時間。親と子ほども年が離れている。私が産声を上げた時、彼は成人を迎えていたのだ。当たり前の話なのに、ひどく不思議に思える。時々ふとその事を考え、一人で泣きそうになることもある。その度に私は、もし二十年年が離れていなかったら、こうして出会うこともなかったのだと自分を慰めるのだ。
「おっさんはまだまだ現役なの? ヒーローは引退早いって聞いたけど」
「当たり前だろうが! 俺はそこらの柔な奴とは違うんだよ! 弟子達に教えることもまだ沢山あるし、シルバーファングの奴に負けるつもりもねえ。それに名前、俺はまだ37歳だ。おっさんじゃあねえよ」
「ふうん」
 私のおざなりな返事が気に障ったのか、アトミック侍は私の両頬をぐにぐにと抓った。いたいいたいと悲鳴を上げれば、三十七歳はぱっと手を離し、それから満足げに鼻を鳴らす。年相応の振る舞いをして欲しいものだ。どこの世界に、女子高生の頬を遠慮なしに抓る男が居るのか。それでも両頬に手をやれば微かに熱く、それが抓られたことへの痛みだけではないと悟る。もっともアトミック侍はそれに気が付かないようで、愉快そうに笑うだけだった。

 別に名前は、彼に自分を好きになってもらいたいとまでは思っていなかった。いや、思っていないと言うと嘘になるが、それでも名前は年齢の差がどれだけ恋愛に影響するかを知っていた。それが一つ二つならともかくだ。名前とアトミック侍は親子ほども年が離れていて、それゆえに彼は名前の好意にまったく気付いていない。
 それが、どうにも歯痒い。
 自分を好きになってくれとは言わない。言わないから、彼を好きでいることくらいは自由にさせて欲しい。それなのにアトミック侍は名前の愛の告白も、じゃれ合いの延長線と受け取るのだ。どうしたものかと頭を捻る。
「おっさんさ」
「だから、俺はおっさんじゃねえって。いい加減にしろ、怒るぞ。俺はハードボイルドなヒーローなんだよ」
 そう言って、アトミック侍は顔を顰めてみせる。それはいかにも怒っていますという顔付きだったが、名前は彼が本気で怒らないのを知っている。名前だって越えてはいけないラインくらいは解っているつもりだし、彼が自分で言うようにハードボイルドな男だからというのもあるだろう。
「じゃ、そのハードボイルドさんは、私がアトミックさんのこと好きって言っても、何とも思わないんだよね?」
「……おい、名前?」
「好きだよ、アトミックさん」

 ここで彼に飛び付かないのが、名前の意地だった。
 もし今、アトミック侍に抱き着きでもすれば、彼は名前の気持ちに気付いていようといまいと、名前のそれをいつもの冗談だと認識するだろう。私が彼を、おっさんと呼び続けるのと同じように。名前はただ、じいと彼の目を見詰め続けた。かのS級ヒーローがたじろいでいるのが解る。私の言葉を本気のそれかどうか測りかねているのが解る。
 彼が私の言葉に何とも思わなくてもいいのだ。ただ、それをそのまま受け止めてくれたら。
「好きだよ、アトミックさん」名前はもう一度、心からの言葉を紡いだ。

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