1.使命感を与えてあげましょう

 恋人である番犬マンにどうして活動範囲をQ市に留めているのかと尋ねると、彼はその淡白な顔をきゅっと歪めて、「君がQ市に住んでるからだろ」と呆れた声で呟いた。本気かよ。何だその理屈。愛が重たすぎる。

 いつの頃からだったろう、名前と番犬マンは交際している。アプローチも告白も、何もかも番犬マンからで、流されるままにこうなった。大人しそうな顔をしている割に、彼の押しは強いのだ。結局のところ、彼が一体名前の何を気に入ったのかはいまいち解らないまま、今に至っている。
 もっとも、最初はそれこそ「あのS級ヒーローが何故自分に好意を抱いているのか」と疑心暗鬼になりもしたが、今では名前の方も番犬マンを好いていた。彼のあっさりした物言いとか、時々自分を見詰めてくる彼の優しげな目付きだとかが、とても好きだと思う。そりゃ、百回も好きだの何だのと言われれば、こっちだってその気になるというものだ。別に彼のしつこさに折れたわけではない、と思う。

 同棲を始める内に、彼が存外人懐こいこと、それから独占欲が強いらしいことを知った。番犬マンは就活戦争に敗れた名前に衣食住を提供し、自分の提供できる範囲なら金も自由に使ってくれて構わないと言った。無論、名前の方もそれを言葉通り受け取ったわけではない。が、大いに甘えさせてもらっている。金銭面では特に彼に頼り切りだ。しかしむしろ、名前が遠慮を見せると彼は怒るのだった。
 食費くらいはどうにかしなければと名前はアルバイトをしているのだが、どうもそれさえ気に食わないらしい。
「君はずっとこの家に居て、僕の帰りを待っててくれたらそれで良いんだよ」
 そう囁く番犬マンは、どうにも変わっていると思う。今の時代は共働きが主流ではないのか。別に、名前と番犬マンは結婚しているわけではないのだが、それでもだ。以前そう言った時、お金の使い道も思い付かないから良いんだよと言われた。そういうものだろうか。そもそもS級ヒーローの給料はいくらなのだろう。まあ禁止されているわけではないので、名前は相変わらず時給800円のバイトを続けている。


 二人が住んでいるのは番犬マンが買い取ったマンションの一室で、Q市の中心街にあった。名前の実家は此処から近く、同じくQ市に位置している。確かに名前は生粋のQ市民だが、彼がヒーロー活動をQ市に留めている理由としては、いささか説得力に欠けるのではないか。どんだけ私のことを好いているのかと。名前の物言いが気に障ったのか、番犬マンはむすっとしたまま名前を抱え、ぎゅうぎゅうと抱き締めた。可愛らしい着ぐるみの奥にはがっしりとした体躯が潜んでいるわけで、少しだけ息苦しかった。
「別に、僕がこの市に留まってるのは君が居るからであって、君が引っ越すなら活動拠点を他に移すよ。拘りはないんだ」
「そんな恥ずかしいこと、よく真顔で言えるね」
 名前が照れたのを敏感に感じ取ったらしく、すぐ目の前に居る番犬マンは先程までの不機嫌な表情を捨て、うっすら微笑んですらいる。
「ありがとう」
「褒めてはないよ」
「褒めてよ」
 途端に再び顔を顰めた番犬マンに、名前はくっくと笑った。

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