水玉

 名前が例の怪人、キリサキングに連れ去られてから数日が経った。キリサキングは本当に名前を殺そうなどとは思っていないようだったが、彼が自分を見る度、その異様な目付きが気になって仕方がなかった。もちろん、理由は尋ねられない。下手な事を聞いて機嫌を損ねたりすれば、名前の頭部が一瞬で胴体とさよならを交わすだろうということは解り切っている。それに付け加え、彼の両腕はやはり恐ろしく、彼とは夜にしか会わないが、戦々恐々とした毎日を送っている。
 数日の内に解ったことは、この建物には、どうやらキリサキングを始めとした何人かの怪人が集団で生活しているらしいということ。名前がキリサキング、そしてメガミメガネの他に会うことはなかったが、彼らの会話の節々からそれが読み取れた。この薄暗い室内に――もしかして地下なのだろうか――大勢の怪人が居るなんて。しかも怪人が集まっているなんて聞いたことがなかったし、考えるだけでぞっとした。

 会話といえば、名前はメガミメガネとそこそこ仲が良くなった。彼女は日に二度か三度、名前に食事を運んできてくれる。どうも彼女が言うには、この怪人集団には自分以外の女がおらず、話が合わないことも多いのだとか。専ら彼女の言うことに頷いたり、同意するだけではあったが、少なくともメガミメガネに対する恐怖心は薄れていった。彼女にも名前を殺す気がないらしいことと、彼女は女には興味がないこと(彼女は洗脳ビームとやらで、人間を自分の奴隷にするのだとかなんとか。異性限定らしい)、それから彼女の見た目が人間のそれに近いことが、名前の警戒心を解した要因だろう。怒らせさえしなければ大丈夫だ、多分。
 反対に、キリサキングには少しも慣れることができない。彼が名前の側へくるのは夜間だけ、一緒に寝る時だけだったが、それが逆に不安だった。キリサキングは二言、三言名前に言葉を投げ、それから背を向けて眠る。毎晩行われる妙な儀式と言えなくもないそれに、名前はいつも返事すらできなかった。いつ、彼が自分にその鋭利な両腕を向けるか怖くて堪らなかった。今は殺す気がなくても、三秒後には違うかもしれないじゃないか。
 やはり、見た目が問題なのだろうか。怪人には詳しくないが、人間とほぼ同じ姿をしている怪人だって居る筈だ。キリサキングの容姿がもう少し人間に近ければ、ここまで怖がらなかったかもしれない。断定はできないが、名前が彼の両腕に形容し難い恐怖を抱いていることは確かだ。

 名前を攫ったのはキリサキングだった。それは間違いない。しかし、どうして誘拐され、あまつさえ監禁生活などを強いられているのか、その答えは出なかった。キリサキングが名前に話し掛けることと言えば、今日は蒸し蒸しして暑かっただとか、仲間が一人増えただとか、そういう世間話染みたことばかりだった。もっとも、それが世間一般に言う普通の世間話かどうかは別の問題だが――キリサキングは名前を何故生かしておくのか、その核心に触れる話題は一切振らなかった。
 理由さえ解れば、もう少し安心できるのに。
 もっとも理由が明かされたところで、キリサキングに親しみを持てるかと言われれば肯定することはできないだろう。例えば、急に「殺す気になった」と言われるより、「十日後に殺すつもりだから」と言っておかれる方が良い。心構えができるじゃないか。名前は自分が殺される為にこうして生かされているのだと信じて疑わなかった。
 私はあなたを殺す気はないよ、大切にしたいと思ってる。
 ――この言葉を、どう受け止めるか。


 ある日、キリサキングが日中にやって来たことがあった。
 夜の間、彼が隣に居るおかげで充分に寝られない名前は、昼の間に睡眠を取ることにしている。もちろん、怪人が集団で暮らしているこんな場所で熟睡できるわけがないのだが。うつらうつらと船を漕いでいた時、名前の脳内に警鐘が響いた。がばっと起き上がった時、ノックも無く部屋の戸が開いた。現れたのは食事を運んでくるメガミメガネでなく、夜にしか会わない筈のキリサキング。名前は声にならない悲鳴を上げた。
 キリサキングは名前のそんな様子に気付くことなく(いや、気付いてはいたかもしれないが)、「顔にシーツの跡ついてるよ」と言っただけだった。
「寝るのは良いけど、しっかり寝ることだね。その隈、あんまり好きじゃないからさ」
 隈を消さなきゃ殺される、そう思った。

 キリサキングはその左腕を肘の辺りで曲げており、その刃の部分に薄い青地の布を提げていた。凝視してみれば、何やらそれは服のように見える。キリサキングは放り投げるようにして、それを名前の方へ飛ばした。おっかなびっくり受け取るとそれはやはり服であり、しかも女物だった。訳も解らず怪人の顔を見遣ると、キリサキングは「着替えなよ」と言った。それから「上だけだけどさ」と付け足す。
「そ、あの、こ、服……」
「うん?」
「この、この服、どう……なさったんです、か?」
「どうしたんだと思う?」
 唯一見えている彼の右目が弧を描き、名前はそれ以上尋ねるのをやめた。
 どうしようかと迷っているのを見て、キリサキングは何を思ったのか「ああそっか、見られてちゃ着替えられないよね」と一人合点して部屋を出て行った。一人残された名前は仕方なく着替え始める。実のところ、連れ去られてからずっと同じ服を着ていたので、上半身だけでも違うものを着られるのはありがたかった。水玉模様をしたそれは可愛らしく、あの怪人がこれを選んだのかと思うと不思議な心地だった。どうやって手に入れたのかは解らないがセンスが、良い。
 戻ってきたキリサキングは、着替えた名前を見て「似合うじゃない」と満足げに頷いた。それから時々彼が衣服を持ってくるようになったが、未だに名前はその真意をはかりかねている。

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