とあるK氏の憂鬱

「あっ――おい名前、そんな沢山白菜取んなよ……って、あーあー」
 サイタマ氏が不愉快げに眉を寄せた。鼻の頭に皺が寄っている。

 いつもの通り、サイタマ氏の家に遊びに来たところ、存外大乱闘が白熱してしまって、気付けば日はとっくの昔に沈んでいた。そのままお暇しようと思ったのだが、飯食ってくだろと当たり前のように言われ、結局座り込んでしまい、今に至っている。ごく普通に俺の分もご飯をよそい出した名前氏と、それから帰ってきたジェノス氏を含めた四人で鍋を囲む。ただの水炊きが、やけに美味しい。
「えー、早い者勝ちでしょ? というかサイタマくん、そんなに白菜好きなの?」
「白菜うまいだろうが。栄養も豊富だし、健康にいいし、何より安いだろ」
「主夫してるなあ……」名前氏が少し笑った。
「そんなサイタマくんには美味しい鱈をあげましょうね」
「おっ。おー、サンキュー名前」
「どういたしまして」
 へらへら、にこにこ。

 キングは一人汁を啜った。やはり美味い。しかし妙にしょっぱい気がするのは気のせいか。
 俺は名前氏について、大して知っているわけではない。せいぜい、サイタマ氏の昔からの知り合いで、よくこうして彼の家に遊びに来ているということと――サイタマ氏の彼女というわけではないらしいということくらいだ。以前に確かめたのだ、居た堪れなさ過ぎて。彼らが恋人同士だというのなら、そうだと知った上で気を遣いたい。しかし二人は付き合っているのかと聞いたところ、どうもそういうわけではないらしかった。
 名前氏はサイタマ氏の友達だけあって、なかなか気の良い人だ。ヒーロー事情にも疎いようで、俺のことをキングでなくただのオタクだと――オタクについても、理解があるらしい。良い人だ――思っている彼女との付き合いは、気軽で心地良い。
 ただ、時々ひどく気まずい。

 馬鹿だなーキング、名前が俺の彼女とか……そういうんじゃねえよ。と、サイタマ氏は確かにそう言っていた。俺は友人として彼を信じたいと思うし、サイタマ氏が嘘を言っているようにも見えなかったし、というか信じるも何もそもそも嘘をつかれる理由が無い。名前氏も笑いながら否定していたじゃないか。


 二人が付き合っているのか、いないのかはさほど問題ではない。問題は、彼らが無意識の内にいちゃついていることだ。恋人と言うよりもむしろ、熟年夫婦を思わせる。あれか、彼女ではないが妻ではあるとか、そういうあれか。何でサイタマ氏は普通に名前氏に鍋よそわせてんの? 何で二人で一切れの鱈分け合ってんの? 明日は一緒に買い物行こうかって何?
 恐らく俺は、目の前に居る男女がサイタマ氏と名前氏でなければ、「リア充爆発しろ!」と叫んで家から飛び出していた筈だ。俺がそれをせず、気まずいながら一緒に食卓を囲っているのは、彼らが俺の数少ない友人であるからだ。
 ……何だかなあ。
 ふと、隣に座るジェノス氏に目が行った。

「あのさ、ジェノス氏はあれ気にならないの」
 小さな声で話し掛ければ、彼は不思議そうな顔で俺を見る。視線でサイタマ氏達の方を示せば、納得したように頷いた。
「気になるとは何のことだ」ジェノス氏もごく小さな声で答えた。「先生が嬉しく思うことは、俺も嬉しく思うべきだろう」
「あ、そう……」
 こいつはこいつで狂ってやがる。キングは愛想笑いを浮かべながら、そっと水炊きを口に運んだ。美味い。

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