だって女の子でしょう

 S級ヒーローの童帝は、名前の友達だ。今日はその童帝に引っ付いて、此処、ヒーロー協会の支部にやってきた。何でも、シェルターの強度増強に童帝の協力が必要なのだとか。よく解らないが、やっぱり童帝は凄い。流石は自慢の友達だ。彼は頭が物凄く良いのだが、それを鼻にかけることもなければ、彼に比べれば断然劣るであろう名前達を見下しもしない、最高の男なのだ。
 ごめんね名前、君と遊ぶ約束の方が先だったのに。ちゃちゃっと終わらせてくるから、此処で待っててね――そう断ってヒーロー協会支部へ入って行った童帝は、実に律儀である。まあ名前は人を待つのは得意な方だと自負しているし、ちょくちょくやってくるヒーローを見ているのは存外楽しかった。
 童帝から貰った飴をゆっくりと舐めながら、名前は一人ベンチに腰掛けていた。さっき目の前を通っていったのは、名前の見間違いでなければS級4位のアトミック侍と、その弟子のA級2位のイアイアンだった。ヒーローにさほど興味があるわけではないが、テレビやネットで一方的に知っている人物を生で見られるのは、なかなかに興奮する。
「あんた、こんなところで何やってんのよ」
 名前は声が降ってきた先を見上げた。

 女の子が居た。名前と同じくらいの背丈をしたその子は、名前よりもずっと高い位置から名前を見下ろしていた。空中に浮かんでいたのだ。ふわふわ、ふわふわと。明るい緑の髪は初夏を思わせるような鮮やかさで、思わず見惚れてしまう。見覚えのあるその女の子は、訝しげに目を細めて名前を見ていた。
 コンマ数秒。名前は思い出した。
「あ! S級2位のタツマキ!」
「さん付けくらいしたらどうなのよ怒るわよ!」
 怒られた。


 タツマキさんと言い直せば、戦慄のタツマキは「それでいいのよ」と言って腰に手をやった。その様子はひどく偉そうで、それでいて実に子供っぽい仕草だった。怒られたいわけではないので、口は噤んだままにしておくが。名前の聞き分けの良さを理解したのか、タツマキはもう一度此処で何をしているのかと尋ねた。
「あんた、小学生でしょう。こんな場所で何やってるの?」
「僕、童帝の用事が終わるの待ってるんです。童帝は僕の友達です」
「童帝……?」
 眉間(眉の間と書いてミケンと読むらしい。童帝に教えて貰った。そのまんまである)に皺を寄せて、タツマキが呟く。それからやっと、S級5位の童帝のことだと思い至ったらしかった。ふうんと言って、そのまま名前をじろじろ見る。同じS級同士、彼女と童帝は知り合いなのだろう。
 名前が童帝の友達には釣り合わないと思っているのかもしれないが、名前は童帝と友達でいたかったし、おそらく童帝の方もそう思ってくれているので、S級2位が何と思おうとへっちゃらだ。
 しかし名前のその仄暗い予想に反し、タツマキは「今時分、小学生が一人でぼーっとしてるんじゃないわよ」と言っただけだった。
「駄目ね、警戒心が薄過ぎるんじゃないかしら。何かあってからじゃ遅いのよ」
「タツマキさん」名前がにっこりした。「僕のこと、心配してくれるの?」
 タツマキが再び眉間に皺を寄せる。
「幸せな頭してるわね。小学生らしいわ。ヒーローとして当たり前のことを言っただけよ」
「ありがとう。でも大丈夫です。童帝がぜったい助けてくれるから」
「……あっそ」呟くようなその声に、名前はくすくす笑った。

 タツマキが立ち去る様子を見せなかったので、今度は名前が彼女に此処で何をしているのかと尋ねた。ヒーローには色々雑務があるのだが、今日はその報告に来たのだとか。面倒事が多いのよと吐き捨てるように言った彼女は、確かに疲れているように感じられた。
「タツマキさんも女の子なんだから、あんまり無理しないでね」
「は?」
「あっ、大人の女の人に『女の子』って言っちゃ駄目なんだった。ごめんなさい」
 尚もふわふわと空中に浮かんでいたタツマキは、さきほどまでとは違った表情を見せた。その綺麗な眉は、顔の中央に寄ってはいない。呆れるでもなく、怒るでもなく、しいて言うなら――驚いたような顔だ。
「……別にいいわよ」
「そうなの? 童帝がタツマキさんはミソジマエですぐ切れるから、怒らせちゃ駄目って言ってたよ」
「…………」
 この時童帝に明確な死亡フラグが立ったのだが、名前は気付かなかった。
「ミソジマエって何?」
「知らなくていいわよ!」


 後に童帝が言ったことには、恐らくタツマキは名前を一人で居させることを心配したから、童帝が戻ってくるまでの間、他愛ないお喋りに付き合ってくれたのではないかということだ。あの後、タツマキにこってりしぼられた童帝は半泣きだったが、名前は彼女をとても格好良いヒーローだと改めて思ったのだった。

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