百万回目

「童帝くんってさ、童貞なの?」
 名前がそう問い掛けると、童帝は勢いよくオレンジジュースを噴き出した。げほげほと咽返っている童帝の口元をティッシュで拭ってやると、童帝は涙目になりながら名前を睨み付けた。怒っているのか照れているのか知らないが、彼のその目付きを真っ向から見たところで、恐くも何ともない。むしろ可愛いくらいなのだが、彼はそれを解っているのだろうか。

「い、いきなり何なのさ!」
「えっ、童貞が何なのか知ってるの?」
「名前さん!」
 童帝は顔を赤くして怒り出した。てっきり呆れられると思ったのだが、どうも動揺しているらしい。倒れそうになったコップを押さえてやりながら、小学生らしいところもあるのだなあと、心の隅で半ば感心した。名前の中で、童帝という男の子はその年齢に見合わずしっかりしている印象があるのだ。そして、それはそれほど間違ってはいない筈だし、彼自身も大人びていると評価されるを嬉しがっている節がある。
 童帝は、耳まで赤く染めていた。
「ど、童貞とか、そ、そういう事、女の子が言うことじゃないよ」
「名前呼ぶなって?」
「僕のことじゃないよ!」
 名前がけらけら笑い出すと、童帝は今度は頬を膨らませた。
「大体……そういうこと聞かれるの初めてじゃないんだよ、僕は。名前さんは面白いかもしれないけど、僕はもう百万回言われてるからね」
「だろうね。ネットとかでもよく見るわ」
「でしょ?」
 彼が再びグラスに口を付けたのを見計らって、「で、実際どうなの?」と問い掛けた。童帝は今度は噴きこそしなかったが、再び咽た。
「名前さん!」
「だって気になるじゃん」
「くそ! プライバシー侵害で訴えてやる!」
「はは。どうやって訴えるの? 別に良いけど、童帝くんがお巡りさんに、知り合いのお姉さんから童貞か否かを答えることを強要されたんですって訴えてるの想像するだけで私いけるわ」
「……凄い聞きたくないんだけど、何がいけるだって?」
「聞きたくないならやめた方がいいよ」
 童帝は確かに十歳にしてS級ヒーローに抜擢されるほど頭が良いわけだが、どうやら舌戦ではまだ名前の方に分があるらしい。もごもごと口籠り、年相応に照れている彼は実に可愛らしい。

「あ、あのさ」くつくつと笑い続けていると、童帝が口を開いた。「面白がって言ってるんだろうけど、僕、結構このヒーローネーム気にしてるんだからね」
「それに名前さん、僕が童貞じゃないって言ったら嫌でしょ」
「確かに。小学校卒業する前に童貞卒業してたら嫌だね」
「上手く言ってるつもりかもしれないけど、上手くも面白くも何ともないからね」
「童帝くんキビシー」
 へらへら笑っていると、童帝は「名前さんはどうなの」と問い返した。
「ははは。セクハラで訴えるよ?」
「不公平だ! 僕のこと童貞童貞って言ったくせに!」
「どう解釈してくれても良いけど、彼氏居ない歴=年齢でーす」
「あ、そう……」
「笑ってよ」


 童帝があまりに顔を赤くさせているものだから、本当にセクシャルハラスメントを行っている気分になってきた。名前としては、彼が「童貞」の意味すら知らず、自身のヒーローネームについて何の疑問も抱いていないことを期待していたのに。最近の小学生は進んでいるんだなあと、申し訳なく思った。これが彼のトラウマにならなければ良いのだが。
 ふと気付けば、童帝がその大きな目を瞬きもさせず、じいっと名前を見ていた。
「名前さんが童貞卒業させてくれるのかと思ったけど、別にそういうわけじゃないんだね」
 今度は名前の表情が固まった。笑っていいよ、と、そう言って微笑んだ童帝に、少しばかり寒気を感じた。最近の小学生怖い。と、いうか、
「遊ばれてたの私の方?」
「何か言った?」
「いいえ」

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