秘密の共有

 どうもアルバイト先の常連さんの中に、S級ヒーローが居るらしい。
 名前はヒーローにはあまり詳しくなかったが、S級ともなれば話は別だ。1位のブラストは別にしても、2位の戦慄のタツマキから17位のぷりぷりプリズナーまで、顔とヒーローネームくらいは知っている。彼らはよくメディアに出るからだ。
 まあ、S級だろうと何だろうとゲームくらいはするだろうな。どのヒーローなのかと尋ねると、バイトの先輩は例の彼だと言った。地上最強の男、キングだと。名前は思わず「は?」と口にし、書いていたポップを思いっ切りはみ出させてしまった。しくじった、修正液で何とかなるだろうか。

 キング、キング、キング――。
 作っていた新作ゲームのポップは、上から紙を重ねて貼ることでどうにか誤魔化した(どきどきシスターズ、予約開始!)。キングといえば、哺乳類最強とまで囁かれているS級ヒーローだった。一撃で災害レベル“竜”を倒しただとか、怪人が土下座して謝っただとか、そんな武勇伝が後を絶たない。その実力もさることながら、市民からの人気も根強く、ランク上位を保持している。
 どんな顔だったかなと、ヒーロー協会の顔写真を頭の中で思い描く。確か金髪をオールバックにしていたんじゃなかったか。それから、左目に三本筋の傷跡。
 特徴のあり過ぎるその顔は、確かによく知る常連さんの顔と一致した。そうか、「キング」を初めて見た時感じた既視感はそれだったのか。

 バイト先では、果たしてS級ヒーロー・キングがあの常連さんと同一人物なのかという話題で持ち切りだった。もちろん答えなど出る筈もなく、次に彼が来店した時にそれとなく確かめてみようということに決まった。まさかあの常連さんも、自分のことがよく行くゲーム屋で注目の的になっているとは思うまい。そしてその二日後、彼がやって来た時にレジ打ちをしていたのは名前だった。


 どきどきシスターズの予約票に言われた通り記入しながら、「キング」の顔写真をもう一度確認しておけば良かったなあと名前は少しだけ後悔していた。細部まで覚えているわけではないのだ。ただ、キングの特徴的なその左目の傷跡は、この常連さんのそれとよく似ている。似ているというか、やっぱり同一人物なのだろうか。
 というかどきどきシスターズって、ギャルゲーじゃなかったかな。
 この人が本当にS級ヒーローなのかどうかは別として、予約開始の初日、朝一番にやってくるお客さんはとても好きだと思う。ギャルゲーだろうと18禁のエログロだろうと、ヒーローだって同じ人であるわけだし。むしろゲームが好きでバイトをしている身としては、この人が本当に「キング」だとしたら、遠い彼方の人であったS級ヒーローに親近感が湧く。

 周囲からの期待の目に押されて、名前はついにこの常連さんに話し掛けることになった。というか先輩からの視線が怖過ぎる。ミーハーどもめ。控えの予約票を渡しながら、「勘違いだったら申し訳ありませんが、もしかしてキングさんでしょうか?」と尋ねた。常連さんは何も言わなかったが、明らかに表情が変わった。というか、固まった。

 あ、この人、本当にキングさんだ。

 ぼんやりと常連さんを見上げながら、名前は確信した。彼は何も言わなかったが、伝わってくる雰囲気がやばい。というか、どこからともなくエンジン音のようなものが聞こえ出した。これ、キングエンジンじゃね?
 常連さんは右へ左へと視線を走らせていたが、やがて小声で「秘密だよ」と言った。苦笑した彼の顔付きは、とてもS級ヒーローに見えなかった。こんな人が、地上最強の男なのか。妙な感動を覚えながらまたお越しくださいと告げれば、常連さんは驚いたように目を見開き、それから少しだけ笑った。


「名前、どうだったよ。あの人本当にキングだった?」
「いや、どうも単なるそっくりさんだったみたいです」
「マジかー」
 バイト仲間の面々は、それぞれ違った反応を示した。落胆が多いように見えるのは、「キング」の人気故、だろうか。どうやらそのようで、キングが常連の人だったら良かったのにという声が多かった。名前は笑いながら、あの「常連さん」がまた来てくれるだろうかと密かに思っていた。

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