あなたの世界を知りたいの

 ジェノスさんの目はこの世界がどんな風に見えているんですかと尋ねると、彼はひどく可哀想なものを見るような目をして名前を見た。
 ジェノスが表情を変えることはあまりなく、こうして同情をしているかのように眉を下げるのは珍しかった。いや、サイタマの前では結構頻繁に笑ったりもするな。彼の師匠に少しだけ嫉妬しながら、ジェノスの答えを待つ。ジェノスは不躾にじろじろと名前を見遣った後、「別に普通だ」と言った。
「普通なんですか」
「逆に聞くが、どのように見えてると思っているんだ?」
「さあ……白目が黒いから、何となく、黒く見えてるんじゃないかなって思ったんです」
「本当に何となく思っただけなんだな。何の根拠もないじゃないか」
 やれやれと首を振るジェノスと、名前の付き合いは存外長い。
 知り合ったのは二年ほど前だろうか。機械の修理を専門としている(大きなものから小さなものまで何でもござれだ)名前の店に、このサイボーグは文字通り転がり込んできた。これが映画の中だったら、きっと私に今死亡フラグが乱立しているのだろうなと思った覚えがある。何せその時のジェノスと来たら、両腕は肘からもがれているし、腹から下は無くなっているしで、ホラー映画顔負けの有様だったのだ。名前は彼を簡単に修理をしてやって(腕っぽいものをつけてやった)、それから彼を改造したというクセーノ博士の元へ送り届けた。宅配便で。それ以来、名前とジェノスの関係は続いている。今までに彼を修理してやった回数は、両手両足だけでは足りないだろう。
 どうも、ジェノスは自身の損傷が簡単なものだった時、クセーノ博士を煩わせない為にと名前の店を利用しているらしい。そんな気遣いができるのなら、名前にもその優しさを分けて欲しい。まあこっちだって修理の代金は受け取っているから、文句は言えないのだが。

「まあ……」ジェノスが呟いた。「多少、他の人間よりは視力は良いかもしれないな」
「目が損壊すれば修理が必要だが、視力が下がることはないし、必要とあれば近視も遠視も自在にできる。俺はもう、お前みたいな普通の目で物を見る感覚を忘れてしまったが……さほど変わらないのだろうな」
 ふうんと呟くと、説明し甲斐のない奴だと罵られた。
 作業台の上に座り込んでいるジェノスに、身を乗り出すようにしてぐっと近付いた。彼は怪訝そうな顔をしただけで、身を引きはしなかった。彼の黒々とした瞳に、自分の顔が写っているのが解る。
「やっぱり空は青くて、林檎は赤くて、骨は白いんですか」
「空は青い時もあれば灰色の時もある。林檎は大概赤く見える。骨、は、さほど見たことがないが……やはり白いな」
「はあー……普通なんですねえ」
「普通だろう」ジェノスが少しだけ微笑んだように見えた。「何の面白味もないくらい、普通だろう」
 名前は頷いた。
「あなたの目に、この世界はどんな風に映っているのかって、それを知りたいなあと思ったんです」名前が言った。「でも、どうしてなんでしょうね。あなたのその目が私達と同じように見えていることくらい、多分ジェノスさんよりずっとよく理解してると思うんですけど」

「俺が知るわけないだろう――それに、少なくとも今は、お前しか見えていないな」
「うわ、ロマンチック!」
「言ってろ」
 ジェノスが少しだけ身を乗り出して、名前の唇に噛み付いた。彼の人工皮膚は思わぬ弾力があり、名前は思わず目を瞬かせる。彼の目の中に居る黒ずんだ自分が驚いたような顔をしているのが少しおかしくて、同時に、自分の目の中にも優しげなジェノスが居るのだろうと、頭の片隅でうっすら思った。

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