小さな絆創膏の行方

 助けて下さってありがとうございました、と、そう頭を下げる女子高生を見下ろしながら、ゾンビマンは「生きてて良かったな」と言葉を返した。見たところ、この高校生には怪我は無いようだ。偶然通りすがったのだが、無事で何よりだと思う。さほど手ごわい怪人でもなかったため、ゾンビマンの方も腕一本と掠り傷だけで済んでいた。
 そして、目の前に立つ彼女が絶対に右腕の方を見ないようにしているのが痛いほど伝わってきて、ゾンビマンは苦笑を漏らす。
 そりゃ、グロいからなあ。
 ばっつりと切断された右腕の痛みは確かに半端じゃないのだが、ゾンビマンはすっかり慣れてしまっていた。今までだって、右腕どころか胴体を二分割されたことすらあるのだ。慣れるに決まっている。
 しかし、この女子高生はそうはいかない。もちろん怪我を負っているのはゾンビマンであって、彼女ではないのだが、だばだばと血が噴き出している様子は見ていて気持ちが良いものではない筈だ。まあ、もう出血は収まってきていて、肘から先が生え始めたところだったが。彼女に右半身を見せないよう調節しながら、ゾンビマンは明後日の方向を見る。
「ああああの、そのう、腕って大丈夫なんですか? びょ、病院とかで、引っ付けたりとか……」
「ん? ああ。大丈夫だ、俺のは後から生えてくるから。ありがとうな」
「は、生えてくるんですか……」
 言葉を間違えた気がするが、口から出てしまったものは取り消せない。
 ぽかんと自分を見上げる女子高生の顔は妙に間が抜けていて、こういう反応を返されるのは久しぶりだなあとぼんやり思う。S級ヒーローになってからというもの、自分のこのポテンシャルは広く知れ渡っていた。不死身のヒーロー、それが俺だ。死ねないくらいならそれを誰かの為に役立てようと始めたヒーロー稼業だったが、ゾンビマンなどと呼ばれるようにもなり、市民に持て囃されるのはそれほど悪い気分ではない。ただ、この女子高生が俺が不死身だと知らなかったのなら、より怖がらせてしまったのではと少し申し訳なく思った。

 未だ自分を心配そうに見遣る女子高生に、ゾンビマンは内心で参ったなと呟いた。彼女はその幼い顔を青くさせながら、ちらちらとゾンビマンの右腕の方へ目を向けている。確かに助けた女子高生に引かれるのは辛いし、こうして恐がられることにも慣れてはいるが、無理をして心配してもらわなくても良いのだ。ゾンビマンが「無理をするなよ」と口を開く前に、女子高生が「つまり、怪我がすぐ治っちゃうってことですか」と言った。
「ん? ああ……」
「へええ……」
 少し、風向きがおかしくなってきた。

 先程まで、この女の子はゾンビマンを確かに怖がっていた。しかし今は、その恐怖が薄れているようだ。感心しているように見えた。むしろ、興味津々の様子だ。
 こういう奴、たまに居るからなあ……。
 自身を実験体にした博士を思い出して、ゾンビマンは苦虫を噛み潰した心地だった。この不死身の体に興味というか、嫌悪感以外の感情を抱く奴は大概頭がおかしい。実のところ、その不死性を目当てに喧嘩を売ってくる奴も居るのだ。お前は不死身なのだから、何度殺されても良い筈だと、そう訳の解らない理屈を捏ねて。誰が殺されてなどやるものか。てめえで死んでこい。そういう不埒な輩は大抵返り討ちにしてやったが、この女子高生がそんな特殊性癖の持ち主だったら、もう何も信じられない。
「あれ、でも顔の傷、治ってないですね」
「ん、ああ……複数負傷してる場合は、でかい傷から塞がるようにできてんだ。でねえと貧血になるからな」
「なるほど」
 そう頷いた女子高生は、肩からかけていた通学鞄を漁り、目当てのものを見付けると、ゾンビマンに差し出した。可愛らしいキャラクター――が、印刷された、小さな絆創膏。


 必要ないかもしれないですけど、お礼です、本当にありがとうございました――そう言って名も知らぬ女子高生は去って行った。ゾンビマンがコートの内ポケットから煙草を取り出し、それを一本まるまる吸い終えた頃、右手は全て元通りになっていた。右腕だけでなく既に全身の怪我が完治していた。切り落とされていた右腕をずるりと抜くようにして、コートの袖を回収する。綺麗に切断されていたおかげで、縫い付けるのも簡単そうだ。
 結局、例の絆創膏は使わなかった。あの可愛らしい絆創膏は、今もコートのポケットに仕舞われたまま残っている。

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