ジーナス博士はやっぱり人でなし

これの続き

 彼女は依然として、このたこやきの家に通っている。彼女、つまり名前のことだ。ジーナスに恋しているらしい彼女は、週に三度はたこ焼きを一パック(八個入り)を買っていく。以前、飽きないのかと尋ねたところ、食事を作るのが面倒だからたこ焼きを夕食にしていると返ってきた。他人事ながら、彼女の食生活が心配だ。
 そして名前の思い人であるジーナスは、せいぜい孫が懐いてくる、くらいにしか名前のことを認識していない。それだというのに、よくもまあ通い続けるものだとアーマードゴリラは名前を半ば尊敬の目で見ていたのだが、何てことはない、彼女はジーナスが見た目と中身が伴わないことを知らない。もっとも、仮にそれを知ったとしても、名前はジーナスに好意を寄せ続ける気がしてならないが。
 何というか、アーマードゴリラの目から見れば、彼女は――そう、盲目的だった。実験体の中にも自身の体をいじくられたというのにジーナスのことを尊敬の目で見る奴も居て(そういう奴は大概過度の実験のせいで早死にした)、彼には人を惹き付ける何かがあるかもしれないとも思う。名前には早々に諦めて欲しいと思わなくもないのだが、まあそう上手くは行かない。

 しかし最近、彼女がとある男性と一緒に此処を訪れることがある。昔に研究所から逃げ出したとかいう元実験体で、今はヒーローをやっているあの人だ。確か、名前はゾンビマンだったか。名前とゾンビマンがどういう関係かは知らないが、二人が連れ立って店に来るその様子はいかにもなカップルに見えた。もしかして、名前さんはもう博士のことを諦めて、彼と付き合い始めたのだろうか。
 ……だったら、たこやきの家になど来ないだろうな。
 アーマードゴリラは密かに頭を悩ませながら、取り敢えず注文通りのたこ焼き作りに専念した。いつも通り紅生姜は抜き、代わりに鰹節多めだ。
「なあ、博士の奴は留守なのか?」
 名前が小銭を探そうと財布の中を覗き込んでいる時、隣に立っていた顔色の悪い人がアーマードゴリラに話し掛けた。以前に会った様子では、彼は進化の家を憎んでいるように感じたのだが。名前さんに付き合って此処まで足を運んでいるのかもしれない。
 似合いのカップルに見えたが、恋人同士というわけでもないのだろうか。そしてどちらかと言えば、ゾンビマンが一方的に名前を気に掛けているように見える。彼が名前に好意を抱いているなら、そのまま引っ付いて欲しい。彼女には悪いが、断然ゾンビマンを応援する。
 ええまあと頷くと、ゾンビマンはふうんと呟いた。心なしか――笑っている。
「残念だったな、名前さん」
「いえ、よくあることなので平気です」彼女が差し出した小銭をそっと受け取る。「もちろん、さみしいことには変わりないですけど」
「ジーナスさんはお忙しいんですよ」
「ふうん」S級ヒーローはやはり笑っているが、名前は気が付いていないようだった。ぴったり五百円。それからアーマードゴリラは彼女の差し出すポイントカードにシールを貼った。ありがとうございますと微笑む彼女は、人が出来ている。
「そういえば、ゾンビマンさんもジーナスさんを博士って呼ぶんですね」
「ん? ああ、まあな。あいつは俺の体いじくって実験してたんだぜ。マッドサイエンティストってやつだな」
「またまた」
 ふふふと笑っている名前は、ゾンビマンのことを少しも信じていないらしい。彼女にとって、ジーナス博士はたこ焼き屋の店長でしかないのだろう。
「まあ、居ないなら仕方ねえよな」ゾンビマンが一瞬店の方に視線を走らせたように感じて、アーマードゴリラは内心で首を傾げた。「名前さん、これから一緒に映画でも見に行かねぇか」
「え、ゾンビマンさんとですか」
「ああ。先月からやってるゾンビ映画が面白そうでな」
 自虐ネタじゃないですかと名前さんがころころ笑った。そしてアーマードゴリラは、後方の生体反応が動いたのを察知した。
「私なら居るぞ……」

「ジーナスさん!」
 いくぶん声の調子が上がった名前は、傍目から見ても嬉しそうに見えた。そして――その後ろに立っているS級ヒーローは、何やら厭らしい笑みを浮かべている。どういう事だ。
「今新しい商品の案を練っていたところなんだ。名前さん、よければ試作品の味見をしてくれないか。私はどうも若い世代が好む味が解らなくてね」
「もちろん! ぜひご協力させてください!」
 アーマードゴリラはジーナスの様子を逐一観察していたのだが、彼はどうも愛想笑いが下手だなと実感する。まあ、名前が気が付いていないようなので、それで良いのかもしれないが。やはり彼女は盲目的にジーナスを好いている。
博士は「助かるよ」と言って、ぎこちない微笑みを浮かべた。
「ろ――ゾンビマンも一緒にどうだ」
「いや、俺は遠慮する。ヒーロー協会に呼ばれていたのを思い出してな」
 ゾンビマンは未だ笑っていた。名前が振り向いたからか、それは「にやにや」ではなく、「にこっ」だったが。
 ようやく事情が呑み込めた。ジーナスは彼にからかわれていたのだ。おそらくゾンビマンは名前の思いを知っていて(というか、見れば解るだろうが)、まともに相手をしないジーナスをけしかけた。他の男、つまり自分が、彼女に好意を寄せている振りをして。名前の為を思って――ではなさそうだ、あの笑みを見る限り。

 意地の悪い笑みを浮かべたまま、ゾンビマンは帰って行った。博士の言った試作品の味見、それは口からの出まかせだったのではないかと思うが、未だ名前はたこやきの家に留まっている。会話までは聞こえてこないが、まあ楽しくやっているのだろう。
 名前に良かったねと思う反面、安い挑発に乗って出てきた博士に呆れが募る。
彼は名前のことをなんとも思っていないくせに、いざ他の男が彼女を誘うとなると邪魔をしにくるのか。孫というより、自分に懐いてくる野良猫くらいに思っているのではないか。そしておそらく、その辺りの事情もあのS級ヒーローには見透かされているのだろう。
 アーマードゴリラは人知れず、そっと溜息を吐いた。

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