三回

 時々、これは夢だとはっきり解る時がある。
 辞書を引いてみればそれは明晰夢と呼ばれるもので、私だけではなかったのだと安心した。名前の足元で横たわっているゾンビマンは死んでいるように見えた。しかし、ただ眠っているだけだ。
 私は彼の傍らに屈み込み、そっと彼を見遣った。いつも通り、血の気のない顔。静けさを振り払うように、私は彼の首へと手を伸ばした。ゾンビマンのその白く太い首は暖かく、熱く、どくりどくりと脈を打っていた。右の掌に、彼の生を感じた。
 私は両手を添え、力いっぱいその首を絞め付けた。非力な女の力でも、圧し掛かっているからか、それともこれが夢だからか、彼の首は徐々に締まっていった。ゾンビマンが目を覚ましたが、もう遅い。彼は声を出すことも叶わぬまま、苦しみ抜いた挙句に死んでいった。
 私は手を離した。
 ゾンビマンの白い首には女の手形が赤くくっきりと残っていた。私はゾンビマンを殺したのだ。彼の首筋に残る痣が段々と薄れてゆく。死亡を確認しようと再び彼の首へと手を伸ばすと、ゾンビマンがその両眼を開けた。それから私を見る。さっきは――首を絞めていたときは、私に気が付いてすらいなかったように思えたのに。
「俺を殺したんだな」
 責めるでも怯えるでもない、ただ当たり前のことを尋ねるような、再確認するような、そんな事務的な問い掛けだった。私が震えながら頷くと、ゾンビマンは「そうか」とだけ言った。
「名前は優しいな」


「俺を殺してくれるなんて、お前は良い奴だな」
 ゾンビマンは微笑を浮かべていた。違う違うと首を振っても、彼は穏やかに笑うだけだった。もう一度彼の首に手をかけた。ゾンビマンが「ぐ、」と苦しそうな呻き声を上げる。早く――早く殺さなきゃ。
「名前、泣いてるのか」
 そう言われて初めて自分の目から熱い液体が流れ出ていることに気が付いた。どうやら私は泣いているらしい。普段から顔色の悪いゾンビマンが、よりいっそう血の気を失くしていく。彼は抵抗しなかった。いつもいつも、私に黙って殺されるのだ。
「優しいな、名前は」
 それが彼の最期の言葉だった。結局この日、私はゾンビマンを三回殺した。

 目を覚ましてみると、寝巻がぐっしょりと濡れていた。おそるおそる、隣で寝ているゾンビマンに目を向ける。ぐうぐうといびきをかきながら眠っている彼は、夢の中で三回殺されたなど露ほどに思ってはいないのだろう。上下する、彼の胸。その白い首に手を伸ばしかけて、私は少し泣いた。

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