競い合う

 どうも、最近私は66号に敵視されている。
 名前はそれを肌でひしひしと感じた。少し前までは、彼とはビジネスライクな良い関係を築けていたと思うのだが。博士の実験の後、「今日はちょっときつかったねー」「ああ、あいつほんとイカレてやがるよな」なんて会話をしていたのが嘘みたいだ。話し掛けようとすれば、毛を逆立てて威嚇する猫のように追っ払われる。まあ、猫なんて見たことないんだけど。


 66号の腕をはっしと掴んだ。
 彼は相手が名前だということに気が付くと、瞬間的に顔を歪める。それだけ嫌か。もっとも名前には感情を理解する為の中枢神経が一部欠落していて、彼のこの顔を見ても「苦しそうな表情だなあ」と思うだけだった。66号がどうして自分を見て、そんな顔をするのか――私には解らない。
「離せよ」
「ねえ66号、私何かした?」
 66号は目を吊り上げた。彼の赤い目は嫌いじゃない。色白の彼に、そのきつい色合いの瞳はよく似合っている。と、思う。
 掴んでいる彼の腕は少しだけ冷たかった。
 66号は名前を暫く睨み続けていた。名前にまともな理解力があれば、彼が逡巡していることが解っただろうが、生憎と名前のそういう機能は数々の実験で損なわれていた。

 66号がやがて口を開いた。彼がこうして名前を視界に入れたまま口を利くのは久しぶりだった。
「お前、自分から此処に来たんだってな」
 名前は頷いた。
「イカレてやがるぜ」吐き捨てるような口振り。「俺はお前も、無理やり実験させられてると思ってたのによ」
 俺が馬鹿だったよと笑う66号。
 名前が進化の家に来たのは、ジーナスの謳う進化に貢献したかったからだ。何の役にも立たない私が、彼の実験体になることで社会に貢献できる。素晴らしいことじゃないか。名前はジーナスを嫌いではなかった。少なくとも、嫌いでは。
「まあ何よりイカレてるのは俺だがな。59号、お前だけに個別名称があることを俺は疑ってかかるべきだったんだ。それをせずお前の名前を知っただけで有頂天になって……昔の俺をぶん殴ってやりたいぜ」

「名前って」
「あ?」
「名前って呼んでよ」
 66号が眉を顰めた。
「オイ、何泣いてやがる」
「わかんない」
 頬を熱いものが伝った。どうやら私は他人の感情だけでなく、自分の感情についても正しく理解できないらしかった。どうして両の目から液体が流れ出すのか。そして――目の前の男も同じように泣いているのか。

 66号が唇を噛み、嗚咽を漏らした。彼が何故泣いているのか名前には解らなかったが、彼がそうしているのは嫌だった。名前がそっと彼の頬に手を差し伸べても、以前のように振り払われなかった。熱い。66号が泣いているのは嫌だと言うと、俺も名前が泣いてるのは見たくねえなと彼は言った。
 二人で競い合うように涙を流した。


 どうして泣いたのか解らない――泣き止んだ後にそう言うと、66号は「お前は俺に嫌われたくないんだろう」と静かに言った。そういうものなのだろうか。解らない。ただ、彼の言葉にはいやに信憑性がある気がした。そして再び、66号は私を名前と呼ぶようになった。

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