私の世界、貴方の世界

 独りでに涙が頬を伝った。後から後から溢れてくるそれを止めることはできず、私はただひたすらに泣いた。いつしか声を上げて泣く方法は忘れてしまった。サイタマはそんな私を見慣れてしまったのか、以前のようにおろおろと心配することはなく、黙って私を見詰めていた。それが寂しいような、おかしいような。
「私、今日もみんなを守れなかった」
「そうか」
 私はヒーローだった。頑張って頑張って、A級になった。しかしいくら頑張ってみたところで、救える範囲には限りがある。今日も私は、目の前で人が死ぬのを見てしまった。防げなかった。彼の連れは精一杯の限りを尽くした私を見て、ありがとうございましたと泣きながら頭を下げたが、私は彼を救えなかったのだ。これでは意味がないではないか。何がヒーロー。何がA級。
「私、みんなを助けたいのに。もう誰にも辛い思いさせたくないのに」
 サイタマは私の言葉を黙って聞いていた。
 私がこうして泣くのは珍しいことではなかった。私の助けが遅かったばかりに、命を落とした人はたくさん居る。もっと強くなりたい。もっと沢山の人を助けたい。そしてそう思えば思う程、涙は果てしなく流れるのだった。結局のところ私は、誰も救えちゃいないのだ。
 ぐっと唇を噛むと、それまで黙っていたサイタマが「それやめろよ」と初めて言葉を発した。唇を噛むのは、いつの間にか癖になってしまっている。明らかな悪癖だった。口を開いてサイタマを見詰めると、彼は「あーあー、血が出ちまっただろ」と悲しげに眉を下げた。彼は少々屈んで、私の唇をべろりと舐め上げる。垣間見えた彼の舌は赤く、サイタマはそのまま自分のマントを引き寄せ私の頬を拭った。ぐいぐいと押し付けられるようだったが、痛くはない。
「俺、思ったんだけどよ」
 サイタマが言った。
「お前がそうやって泣くくらいなら、こんな世界無い方が良いよな」

「……え、」
 サイタマの顔をまじまじと見詰めると、彼も私を見返した。何てことはない、いつもの飄々とした顔付き。何を言っているのと問えば、何がだと首を傾げられた。
「だってそうだろ。名前をそんな悲しませてるのって、要はこの世界なわけだろ? 俺も結構怪人倒してきてるから解るけど、あいつら次から次へと切りねーよ。それだったら、元からこんな世界無い方がいいじゃねえか。お前はそうすりゃ、悲しむことはないわけだし」
 一瞬、サイタマが冗談を言っているのだと思った。
 彼の言葉の先を予測するなら、つまり、私を悲しませたくないから、その原因である世界中を滅ぼそうというのだろうか。訳が、解らなかった。「冗談だよね」と聞けば、「まさか」という返事。まさか、そうに決まっているだろう――なんて、そんな顔じゃない。
 彼の目には、異様な光が宿っていた。
 サイタマの指が私の頬に触れ、私は思わずびくりと体を震わせる。
「なあ名前」彼の口が弧を描いて、それで――。「どうして欲しい?」

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