ろく

 プラズマ団、と名前は繰り返した。彼の何の抑揚もないその言い方はまさにオウム返しで、チェレンは思わずぎょっとした。
「まさか、知らないんですか?」
「タブンネー」タブンネの鳴き声は、今回ばかりは全く持って正しかった。
「あいにく家にはテレビもない。パソコンもない」名前はそう言って、思い付いたように「それに興味もない」と付け足した。
「呆れた! 名前さんはもっと外のことを知るべきですよ!」
 本当にプラズマ団のことを知らないらしい。
「良いですか、プラズマ団っていうのは、ポケモンを開放するとか何とかを目指してる組織です。ただそのやり方が乱暴で、無理やり人のポケモンを奪ったりだとか、要は悪い連中なんですよ」
「ワルイ連中……」名前が小さく呟いた。

 今日もチェレンは名前のアパートを訪ねていた。ただいつもと違うのは、部屋の中にまで入れてくれたということだ。雨が降っていたからだろうが、何故だか腹立たしい。
 初めて入った名前の部屋は、どこか冷え冷えとしていた。必要最低限の家具しかない。それどころか物自体が少ない。もっとも部屋自体が狭いので置くスペース自体が少ないのだが、それでも少なすぎる。勝手に雑然とした部屋を想像していた。生活感の薄いこの部屋に、名前は本当に住んでいるのだろうか。
 ただ、部屋の一角にやけにファンシーな小物が並べられている箇所があって、チェレンはどうしてなのかを大体理解した。そして、何があっても絶対に尋ねないぞと心に誓った。

「ともかく、名前さんも気を付けて下さいよ。あいつら本当に見境なしなんだから」
「気を付ける? 何に?」
 チェレンがベッドを占領しているからだろう(この部屋には椅子が無かった。机も無いが)、名前は手持無沙汰な様子で窓の外を眺めていた。その手には煙草の箱が握られている。彼が喫煙者だと知らなかったチェレンは、彼に対して更に駄目人間の烙印を押す。気付いてみれば、どうもこの部屋は煙草くさい。
「何にって……言ったじゃないですか、ポケモンを盗られないようにですよ!」
「ポケモンを盗られる? 俺が?」
 名前はぽけっと口を開けた。自分が言った事に納得できていない様子だった。
 少しの沈黙の後、彼は表情を崩した。
「俺がポケモンを盗られる……」そう言ったのを最後に、名前は笑い出した。それはもう大笑いだった。腹を抱え、息も絶え絶えになるほどに。無論チェレンは再びぎょっとしたし、それどころかタブンネまで驚いた様子だった。
「なっ……僕は心配して……!」
 チェレンは思わず顔を赤くした。まるで的外れなことを言ってしまったような、そんな気分になったのだ。そんな――そんなわけがないのに。
「いや……――心配、心配か……」ようやく笑いが収まってきたようだ。しかし未だ肩は震えている。「今まで生きてきた中で、盗まれる心配をされたのは初めてだよ、そういえば」
 また笑いの発作が襲ってきたらしい。またも笑い出した名前を見つつ、借りたタオルで頭を隠し、表情が見られないようにする。未だ羞恥に塗れた頬が熱い。チェレンは彼の事は少しも好きになれそうにないと、改めて実感した。そして同時にある種の懸念が浮かんだが、それを口に出す気にはなれなかった。


「チェレンくん、君、俺とバトルをしたがってただろう」
 名前が唐突に言った。
「今すぐにというわけじゃないが――こんな天気だし、まさか此処でやるわけにはいかないしね――今度会った時ならバトルしても良いよ」
「……本当ですか?」
 別に彼の言葉を疑ったわけじゃない。眼鏡を掛け直した後、見遣った彼の顔は、特にいつもと変わらなかった。しかし嘘をついているようにも見えない。
「ただ、俺は暫くライモンを留守にするんでね、その後ということになるだろうね。電気石の洞穴? に、行くんだ」
「電気石の……洞穴……?」嫌な予感がした。
「もしかしてとは思いますけど、ベルに誘われたんですか」
「一種の、まあアルバイトでね」
 チェレンの嫌な予感はピタリと的中した。ベルが今度、アララギ博士の手伝いで電気石の洞穴に行くことは知っていた。何とも言えない気持ちになり、チェレンは頭を抱える。やっぱり、こんな奴は早々にベルから遠ざけておくべきだ。

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