25

 振り返ると、何やらマントを付けたヒーローらしき人が立っていた。彼の頭はつるりとしていて、いやでも視線が上へ向く。名前が「何か?」と尋ねると、その男性は「ジェノス知らねえか?」と尋ねた。
「ジェノス……?」
「あー、えーと、金髪のサイボーグの奴だ。お前くらいの年の。見てねえか?」
「サイボーグ……」名前の頭の中に、不思議と先程ビルの上を飛び跳ねていった男が思い浮かんだ。
「さっき、それっぽい人見ました」
「おっ」
「あっちに向かって……」
 指を差すと、ハゲマントの人は頷いた。
「ありがとな。というかお前どうした? すげえ顔色悪いけど」
「別に、大丈夫です」
 そうか?と、男性が首を傾げる。

「というか逃げた方が良いんじゃねえの? あれ、すげえやばそうだぞ」
 あれ、と指し示したのはもちろん隕石で。
「別に……逃げても無駄じゃないですか。あんな大きいの、逃げられるわけないし」
「確かにな。でも、まああれくらいなら俺が壊せるから。その後が問題だぞ。いくら俺でも、全部吹き飛ばせるわけじゃねえからな。ちゃんと逃げとくんだぞ」
「……え、」
 この人は、一体何を言っているんだ?
「あ、あんな大きな隕石、壊せるわけないじゃないですか……」
 名前が口籠っても、その人は頓着しなかった。あんな大きな――Z市を丸ごと飲み込んでしまいそうなほどに大きな――隕石を、壊せるわけがないじゃないか。名前はS級ヒーローをよく知っている。しかし彼らだって人間で、できないことだって沢山あるのだ。あの隕石を壊せるようなヒーローが一体何人居るか。せいぜい、キングくらいのものじゃないだろうか? それを、この見たことのないような低級ヒーローが壊せるわけがない。
「壊せるわけ……」
「おい、あんま言ってくれるなよ。流石に滅入るぞ」
 飄々とした表情で、マントのヒーローが口を尖らせる。

 まあいいや、俺は行くからな、ちゃんと逃げとけよ――そう言って、その人は立ち去ろうとした。彼のはためく白いマントを見ていると、いやでも言葉が口をついて出た。
「壊せるわけないじゃないですか! あの隕石は、私目掛けて落ちて来てるんです!」嗚咽が漏れた。何もかも、私のせいじゃないか。「私は不幸で、それで、あの隕石だって――!」
 マントのヒーローがちらりと振り返った。ごく不思議そうな顔で。
「お前が何で自分向けて落ちてくるなんて思ってるのか知らねえけど、だったらお前があれ壊せるように頑張れば良いんじゃねえの? それに、人に何が出来るか出来ねえかなんて決め付けんのやめろ。俺はあれを壊すし、お前は不幸なんかじゃない。ピーピー泣いてる暇があるなら、自分ができる事を考えろ。――ま、今は命最優先な」
 さっさと逃げろよ、そう言ってその人は去って行った。


 名前はずっと見ていた。隕石が間近に迫り、残り僅か数十秒でこのZ市を吹き飛ばそうとしているのを。遠くのビルの屋上からミサイルが発射されるも、隕石を砕くには至らなかったのを。ビーム砲のようなものが隕石に当てられるも、隕石を止めるには至らなかったのを。物凄い勢いで飛び出した何かが、その勢いのままに隕石にぶつかったのを。巨大な隕石に亀裂が走り、膨大な破片が雨霰と降ってきたのを。
 何が起きていたのか、しっかり理解できたわけじゃない。しかし、隕石を砕いたのはきっとあの人だった。つるりとした頭をした、白いマントを羽織ったヒーロー。

 隕石の件で、死者は出なかったらしい。S級でもない、ただのC級ヒーローだった彼は、隕石を打ち砕くと同時に、名前の中で燻っていた悩みの種も打ち砕いていた。私はもう、不幸じゃない。いや、確かに不幸は不幸に変わりないのだが、それでも自分の中での感じ方が変わった。不幸なら不幸なりに、それに立ち向かえばいいんじゃないか。名前はそれまで、どうして自分ばかりと泣きべそをかくだけだった。
「いってきます!」出掛けに靴紐が切れたが、何てことはないのだ。多分。

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