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 例の怪人に会ってから、名前は一週間ほど学校を休んだ。休んだも何も、夏休みの課外授業だから成績には関係しないのだが、それでも休んだと言うより他に仕方がない。
 一週間後、久々に登校した名前を見て、友人達は「ついに怪人にやられてしまったのかと心配した」と喜んでくれた。友人達がいつものようにヒーロー談義に花を咲かせている、何の変哲もない日常。それが何より嬉しかった。

 あの怪人が、黄金ボール達が話していた「ゴーストタウンの化物」なのかは解らない。もっとも、これは単なる名前の直感だが――恐らく違うのではないか。あそこは廃墟区域ではないし、確かに怖ろしかったが「化物」という風貌ではなかった。それに、自分が殺されなかったのが良い証拠じゃないか。もし「ゴーストタウンの化物」なら、どういう理由があったにせよ名前を見逃したりはしないだろう。

 学校生活は退屈で、それでいて愛おしかった。この平穏がずっと続けば良い、そう心から願った。課外授業の合間、頬杖を突きながら窓の外を見遣る。左手には痛みが走るが、耐えられない程ではない。
 名前はもはや、自分の体質にほとほと愛想が尽きていた。何故自分ばかりが不幸な目に遭わなければならないのだ。そういう星の下に生まれたんじゃないですかと、そう言ったのは誰だっただろう。


 しかし自分の体質が嫌になったのは、何も自分が不幸な目に遭うからだけではない。
 名前はぼんやりと空を見上げた。真夏の太陽はちりちりと肌を焼き、うだるような暑さをもたらしている。そして名前の頭をがんがんと揺らすのは、その暑さだけではなかった。五月蠅いほどにサイレンが鳴り響いている。ヒーロー協会から発せられ、繰り返される避難警報は、あと二十分ほどでこのZ市に巨大隕石が衝突すると告げていた。できるだけ遠くに逃げるように、Z市から離れるようにと促している。
 肉眼でも確認できるそれを、名前はただ突っ立って見ていた。
 周りの人々は大急ぎで逃げていく。どこへ逃げるのか知らないが、上手く逃げ切れると良い。あの大きさだ、恐らく相当離れなければならないだろう。各地にシェルターがあるが、それに隠れられれば助かるのだろうか。解らない。
 逃げ惑う人は大勢居たが、名前のようにただ黙って隕石を眺めている人も大勢居た。ただ違うのは、彼らの顔には絶望があって、名前の顔にそれはないということ。
 どうせ、逃げられやしない。何故なら、あの隕石は私を目掛けて落ちてくるのだから。

 何となくだが解っていた。どれだけ言葉を並べてみても、自分が不幸であることは変わりがない。大怪我を負うだけな気がする、死なない気がする、そう言ってみたところで、所詮それは自分が思っているだけだ。思っているだけでどうにかなるわけでもなし、実のところ、怪人に襲われて死ぬのだろうと漠然と思っていた。あの隕石だって、自分目掛けて降ってくるのに違いない。
 名前は一人笑みを漏らした。そりゃ、不幸から逃げられない筈だ。自分が特別不幸なのではなく、わざわざ不幸を招き寄せているのだから。挙句の果てにあんな隕石まで呼び寄せることになるとは。まったくどうしようもない。きっと、このZ市の怪人発生率が異様に高いのは、私が居るからなのだ。まあ道連れになってしまう人達には悪いが、ここで私が死ねば、怪人発生率が減少するに違いない。
 解っていたのだ、自分が怪人を呼び寄せていることも。結局は不幸に殺されてしまうだろうということも。
 まあ、どうやら怪人ではなく隕石に押し潰されることになりそうだが、あれだけ大きいのだから、痛みも何も感じないままに死ねるのではないか。そう思うと、不幸な女子高生の末路としてはそれなりに格好良い。
 ふと、金髪の若い男の人がビルとビルの屋上を飛び移りながら走って行くのが見えた。ヒーロー、だろうか。何にせよ、あの大きさの隕石が壊せるとは思えない。

 小さく溜息を吐いた時だった、後ろから肩を叩かれたのは。

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