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 しかしゴーストタウンの化物とは。嫌な事を聞いた。
 名前は学校からの帰り道、昨日会った二人のヒーローの話を思い返していた。黄金ボール達の話では、Z市の怪人発生率が群を抜いて高いのは、怪人同士が集まっているか、怪人が自然発生するような場所があるか、怪人を生み出す女王のような存在がいるからかもしれないとのことだ。それに付け加え、“ゴーストタウンの化物”だ。
 以前は、現無人街だった場所に住んでいた。小学生時代、日が暮れるまで遊んだのもあの街だし、いつかは帰りたいと思っている。何だかんだ言って両親や他の人達がこの市から離れようとまでしないのは、生まれ故郷を見捨てたくないからなのだろう。名前にとってあの街は大切な街だ。それが、化物などと呼ばれる存在が居るかもしれないとなると、やはり良い気分ではない。

 そして、そんな事を考えていると、本当に化物に巡り会ってしまいそうだ。

 私の不幸は並大抵のものじゃないのだ。ただ、今までだってどうにかなってきたのだから、これからだってどうにかなるのではないかと、漠然とした予兆は今なお感じている。例え“ゴーストタウンの化物”が目の前に現れたところで――何とか、なるのではないだろうか。


 異変を感じ取ったのは、曲がり角に差し掛かったその時だった。黒い筈のアスファルトに、何やら見慣れない液体が流れている。嫌に黒々とした赤いそれは、ペンキ、だろうか。
 ここはZ市、怪人発生率が一番高い都市。
 そして、昨日聞いたばかりの話が嫌でも脳裏を掠めた――ゴーストタウンの化物。
 名前は一歩一歩、ゆっくりと後ずさった。この角を曲がってはいけない。気付かれないように、足音を立てないように、一歩一歩後退する。家に帰るには、何もこの道を通らなければならないわけじゃない。大きく迂回して――そう、大通りの方から帰ろう。それが良い。
 自分では慎重を喫しているつもりだった。しかし何の因果かローファーが道路に引っ掛かり、慌ててバランスを取ろうとした左手が、すぐ脇にあったトタン塀に体重を預ける。びぃんと小さく、それでいて濁った金属音が鼓膜を揺らした。曲がり角の先から人型の影が見えて、ああ、やっぱり私は不幸なんだなと薄っすら思った。
 現れるのが人間でありますように、という名前の願いは聞き届けられなかった。確かに人間に近い姿をしていたが、両腕が刀で出来た人間なんてそうそう居ないだろう。それに何より、雰囲気が怪人染みてる。
「何だ。逃げてたのが居たのか」
 怪人の両腕は血に濡れていた。多分、あの曲がり角を曲がったら、凄惨な光景が目に入ったのではないだろうか。足が竦んで動かなかった。直感で解る。こいつの災害レベルは“鬼”以上だ。この状況から逃げられる自信がない。辺りに人の気配もない。いくら何でも無理だ。――助からない。
 ぴり、っと、首筋に痛みが走った。
「どうするかな……さっき殺しちゃったばっかりだからなあ」
 気付けば怪人が目の前に迫っていて、その左腕が首の真横を通り、背後のトタンに突き刺さっていた。「切り裂いても良いけど……そうするとまた止まらなくなっちゃいそうだなあ」
 殺そうか迷っている、のだろうか。もしそうなら、まだ助かる可能性はあるかもしれない。名前は怪人の注意を引かないように、怪人の目を見詰めたまま左手でポケットを探ろうとした。そこに、以前貰った発信機があるのだ。ボタンを押しさえすれば、もしかすると近くにヒーローが居て、助けてくれるかもしれない。しかしスカートのポケットに手をやる前に、怪人の手が名前の左手を貫いた。
「ッあっ」
「どうしようか、お嬢ちゃん」
 ぐりぐりと刃を動かされ、風穴の空いた左手に激痛が走る。生理的な涙がぼろぼろ溢れた。目の前に居る怪人の口元は包帯に覆われている為、想像でしかないのだが、この怪人は笑っているのではないだろうか。

 どうしようかなあ、と呟いているその声には愉悦が滲んでいる。磔にされていながらも、名前は逃げられる可能性を必死で模索した。怪人の方がリーチが長い。怪人の方が足も速そうだ。というか、不穏な動きをしたら簡単に殺されてしまうんじゃないか。
 殺されて、しまうんじゃないか。
 そう思うと、突然怖くなった。手足が震え、歯がガチガチと鳴り出した。息が荒くなり、恐怖だけが体中を駆け巡っていった。内股に熱いものが伝っていくが、名前は目の前の怪人から目が離せなかった。自分の一挙一動が、文字通り命運を分けようとしていた。
「――……まあいいや。見逃してあげるよ」
 ぐんっと右腕の刀を引いた怪人は、そう言って去っていった。名前には、どうして怪人が居なくなったのか解らなかった。ただ一つ解るのは、自分があの怪人に遊ばれたのだということだけだ。恐怖と、痛みと、悔しさと。名前は流れる涙を止めることができなかった。

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