21

 名前はもう、絶対にヒーローを信用しないことに決めた。昨日のぷりぷりプリズナーが良い例だ。普通に頼れるヒーローだと思ったのに。そりゃ、名前は同性愛に偏見など持ってはいないが、それでも……。
 学校からの帰り道、そんなことをずっと考えていたからだろう、名前はまたもや怪人に遭遇したのだが、その事に最初の内は気が付かなかった。
 ひゅっ、と、何かが頬を掠めた。頬が熱い。思わず手をやればぬるりと液体が付着した。血だ。
 何かが飛んできただろう方向に目を向けてみると、全身イソギンチャクのような怪人がげらげらと笑いながら名前を指差していた。どうやら、頬を切り裂いたのはあの怪人らしい。名前は盛大な溜息を吐いた。どうしてこう、私ばかり怪人に遭うんだ。世の中不公平じゃないか。この不幸体質、何かに利用できたらいいのだが。
「何だァーッ! その溜息はーッ!」
「うっさいな……」
 ぎゃあぎゃあ喚き出した怪人に、少しだけ腹が立った。そっちはどうだか知らないが、こっちは毎日お前みたいなのを毎日相手にしているんだ。

 例の救難信号発信装置を押すか押さないかの内に、偶然近くに居たのかもしれないヒーローが怪人に切り掛かった。がしゃん、とそれなりに大きな金属音。鎧を身に纏ったその人は、確かA級二位のイアイアンだ。怪人の方もヒーローの参入に本気になったようで、体中の触手を伸ばし、応戦し始めた。
 決着がついたのはそれから五分後。長く鞭のようにしなるそれをイアイアンは物ともせず切り続け、最終的に怪人は丸坊主になって切り倒された。
「ありがとうございました」
 そう言って、名前はぺこりと頭を下げる。
「ああ……」刀を収めたイアイアンはそう言って名前の方を見て、それから固まった。
「その頬は……」
「え? ……ああ、大丈夫です。そんなに深くないので、すぐに治ります」
 イアイアンが目に見えて狼狽えだした。どういう事だ。
「すっ、すまない! 君の方へ怪人の攻撃が行かないよう、気を付けてはいたんだが」
 掻い潜っていやがった、と唸る彼は、どうやらこの頬の傷が自分が防ぎ切れなかったから出来たのだと思ったらしい。というか、此方に危害が及ばないように、私を背に戦ってくれていたのか。ヒーローの背中を見るのが当たり前過ぎて、そんな彼らの気遣いを忘れていた。
「あの、これは違って、別にあなたのせいじゃないですから」
「いや、俺の責任だ。女の子に傷をつけるなんて……」
 イアイアンはどこからかハンカチを取り出し、名前の頬を拭ってくれた。本当に申し訳なさそうに、それでいて心配そうな顔をするものだから、名前の方が居た堪れなかった。
 そう言えばこの人、ただの女子高生相手にも謝るんだなあ。

 彼は日々悪と戦うヒーローだが、名前はただの女子高校生だ。市民である名前は彼に助けられる側であり、頭を下げられる立場では決してない。それなのに、イアイアンは「本当にすまない」と言って、名前に頭を下げた。彼は街を無駄に破壊することもなければ、怪人を懲らしめるだけだったし、名前を気遣うように戦ってくれたかと思えば、怪我をしていると知ってこうして謝ってくれる。普通の人だ。例のアトミック侍の弟子だと聞いていたが、全然まともじゃないか。
 ――上位ランクのヒーローに、こんな普通の良い人がいたなんて。

「ほ、本当にすまなかった。全て俺の責任だ」
 ぼろぼろと涙を流し始めた名前を見て、イアイアンは慌てふためいた。どうやら、ヒーローについて思い違いをしていたようだ。上位ランカーが狂ってるんじゃなくて、真に狂っているのはS級だ。

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