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「S級ヒーローぷりぷりプリズナー、あなたに会いに脱獄成功!」
 間一髪のところで名前と、名前に突進してきたカバのような姿の怪人との間に立ち塞がったのは、大柄なS級ヒーローだった。怪人はその剛腕によって投げ飛ばされ、今や遥か向こう側だ。激突された電信柱は折れており、近隣の住民が停電の被害を被ったのではないだろうか。
 今日も今日とて、名前は怪人に遭遇していた。しかし本当に近頃はどうしたというのか。怪人の出現率がいくら何でも高過ぎる。名前だけでなく、学校の中でも何人か怪人を見ただのヒーローに助けられただのという噂を聞くから、名前の自意識が過剰というわけではないのだろう。
 今日の怪人は、ここ数日テレビを騒がせていた災害レベル“虎”だった。愚鈍そうな見た目に反し、凄まじい瞬発力を誇っている。何人もの人間を病院送りにしており、名前ももう少しでそうなるところだった。

 名前を助けた男――白と黒の縞模様の服を着たその男は、名前の方を振り返った。その後方ではカバ顔の怪人が起き上がっている。
「大丈夫か? あなたは下がっていなさい」
「え、は、はい……」
 随分と、濃い顔の人だなあ。
 しかしその顔はきりりと凛々しく、とても頼りになりそうに思えた。もちろん、怪人を相手にすることに対し、S級ヒーローが頼りにならないわけはないのだが。


 ぷりぷりプリズナー――万年刑務所に入っているとかいう、わけの解らないヒーローだ。ヒーロー協会ホームページに載せられている顔写真は白と黒の縞模様の服を着ていて、それが囚人服なのだと名前が知ったのはごく最近だ。「プリズナー」という名前で気付くべきだった。
 名前は何故彼が何の罪を犯して服役しているのかは知らない。しかし、今名前の目の前に立つ彼は一人のヒーローであり、それ以外の何者でもなかった。それどころか彼は、怪人を倒す為に刑務所を脱獄したのだ。私を助ける為に。
 普段、名前はヒーローをあまりよく思っていない。S級なんてもっての外だ。彼らは総じて狂ってる。断言しても良い。それでも、このぷりぷりプリズナーはもしかすると一番まともなのかもしれない。名前のピンチに駆け付けて来てくれたわけだし、自身が囚人であるということ以外は至ってまともだ。そう言えば彼はS級とはいえ最下位だし、名前の持論である「ヒーローはランクが下がるほどに人間度が上がる」ことは、S級ランク内でも適用されるのかもしれない。怪人に重いパンチを叩き込むぷりぷりプリズナーは、とても格好良かった。

 助けて下さってありがとうございました、とお礼を言うと、プリズナーは「ん? ああ」と、さも今名前の存在を思い出したという風に頷き、「怪我がなくて良かったな」と付け足した。クールだ。
「あの、怪人を倒す為に脱獄までして下さったんですよね、本当に何てお礼を言ったらいいか……」
「んん?」プリズナーが初めて名前をまともに見た。
「それは少し違うぞ。俺はどちらかというと、男と出会う為にヒーローをやっているからな。強い怪人には強い男が寄ってくるだろう? まあ今回は……不作だったが。君が男の子なら良かったんだがな。残念だが俺は女には興味ないんだ。ファンだというなら嬉しいがな」
「おと……え?」
 名前が聞き返す間もなく、ぷりぷりプリズナーは去っていった。呆然としていた名前が動けるようになるには数分かかった。お巡りさん、こいつです。

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