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 名前とキリサキングは、いわゆる恋人同士という関係だった。怪人のくせに恋人も何もあったもんじゃないが、少なくとも名前は彼を好いていたし、キリサキングの方も普段の冷酷な性格からは想像もつかないほどに名前を可愛がっていた。むしろ、先に腫れた惚れたを言い出したのはキリサキングの方だった。二人の間には、愛に似たそれがあったのだ。いや、名前にとっては愛情に他ならなかった。何をするでもなく、彼と一緒に居るだけで幸せだった。
 そんな彼が今、名前の上に馬乗りになっている。
 せり上がってきた血が、ごふっと噴き出された。鮮血が、見えた。キリサキングの顔は包帯に覆われている為表情は読めないが、彼がある種の陶酔状態であることは感じ取れる。名前は目の前で起きている出来事が信じられなかった。私は一体何故、彼の刃に腹部を貫かれているのか。
「い、あ、キリサ、キ……?」
「痛いの、名前ちゃん」
「いた……いたい」
「そっか」
 ごめんね、キリサキングはそう言って、名前の腹に突き立てた左腕をより深く刺し込んだ。

 痛み。腹から伝わるそれが、名前の脳を刺激した。痛い。痛い痛い痛い。熱くもあり、同時に冷たくなっていく。それは自身が大量に出血していることを意味していた。涙がぼろぼろと溢れ、名前の頬を濡らした。キリサキングは愛おしそうに目を細め、右腕の刀の峰でその涙をすくった。そして、左腕で名前の腹を切り裂く。
「ッ――あああああああ!」
 いとも簡単に裂かれた腹は、同時に内臓を守る為の肋骨まですっぱりと切断されているようで、彼の刃の切れ味は流石だなあと他人事のように思った。腹内部の圧力に押され、大腸やら何やらがじわじわと外へ漏れ始める。呼吸は荒くなり、目は霞んだが、目の前の男だけははっきりと見えていた。
「ぃっ、なん、なんで、」
「ごめんね、名前ちゃん」
「す、すぃって、」
「うん?」
「はっ、たしの事す、好きってい、たくせに」
「ああ……」キリサキングは宙を仰いだ。
 ぐっと身を乗り出し、キリサキングが名前の顔を覗き込む。その黒い目に、自分の顔が写っているのがよく見えた。怯え切った私の顔が。
「解ってないなあ、名前ちゃん」キリサキングの唯一見えている右目が弧を描いた。「名前ちゃんのこと、私大好きだよ。だから――」
「殺したいの。だから殺すの」
 ごめんね。

 そう言ってキリサキングは私の喉を切り裂き足を切り裂き腕を切り裂き胸を切り裂き心の臓を切り裂き――。



 どこか恍惚とした様子のキリサキングを見て、サイコスは事態を把握した。この男はとうとうやりやがったのだ。これだから気の違っている人間は。もっとも気が違っているから怪人なのであるが、だからといって仲間を殺して良い理由にはなり得ない。
「お前、名前を殺したな」
「ああ……解っちゃった?」
 表情は読めないが、その声は喜色が滲んでいる。少しも悪びれた様子の無いキリサキングに、サイコスは嘆息した。
「まあ名前は弱かったからな――」
 途端に男から殺気が膨れ上がって、サイコスは驚いた。もっとも自分の本体は地下何千メートルも下にあり、いくら彼の両腕が鋭利だからといってその凶刃が届くわけもないのだが。肉人形からでもその殺意はびりびりと感じ取ることができた。キリサキングはその右腕を、サイコスの方へ向けていた。
「次、名前ちゃんのこと悪く言ったら、いくらサイコスちゃんでも許さないよ」

「――……すまなかったな」サイコスは謝った。「気を付けよう」
「しかし、名前を殺したのはお前じゃないか」
「私は良いんだよ。私は名前ちゃんのこと、誰よりも愛してるから」
「お前の理屈は理解に苦しむな」
 サイコスは少しだけ、この男に殺された名前を哀れに思った。

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