童帝くんは十歳児

 ほろ苦い味が口の中で広がる。時々歯に当たり、からんころんと音を立てながら飴玉が踊っていた。ふんふんと鼻歌混じりに飴を舐めていると、じいっと視線を感じた。童帝くんである。
「何?」
「僕にもちょうだい」
「童帝くんのくわえてるその棒は何なのかね」
「飴だね」
「だよねー!」
 まあ、人が食べてるものは美味しそうに見えるからな、と一人頷いていると、隣からがりっがりっと小気味よい音。童帝の方を見れば、ちょうどごくんと嚥下したところだった。そのままぺいっと白い棒を吐き捨てる。ついでに、その棒はランドセルから伸びているマジックハンド的なものが然るべき処理をした。地球に優しい。
「なくなっちゃった。名前さん飴ちょうだい」
「君、今舐めてた飴噛み砕かなかった?」
「子どものする事さえ流せないわけ? 年とると心が狭くなるんだなあ」
「年とってないよ! まだピチピチの十七歳だよ!」
 ピチピチ、ねえ……と呟きながらにやにや笑う小学生。こいつ本当に性格悪い。昔は名前さん名前さんって事あるごとに言ってきて可愛かったのに。いつからこうなったんだ?
「ねえ飴は?」
「ごめんね! これで最後でごめんね!」
「ふうん」
 童帝に言ったことは嘘ではなかった。今名前が舐めている飴は大特価だった大袋に入っていた飴玉の最後の一つであり、名前が持っている唯一のお菓子だった。名前が先程空になった飴の袋を畳んでいたのを思い出したのだろう、童帝も納得したようだった。
「じゃ、その飴でいいからちょうだい」

「……は?」
 思わず聞き返した。
「あれ、聞こえなかった? 名前さんが今舐めてるやつでいいからちょうだい」
「やだこの子何言ってるんだろう……」
「日本語まで不自由になっちゃったか……」
「までって何!」
「名前さん英語の成績悪いじゃん」
 こいついつ私の成績簿見た?
「悪いけどあげられませーん。色々な意味で無理。小学生には解らないかもしれないけどね、これはダイエット中の女子高生が唯一自分に許したご褒美的な飴なの。だから駄目」
「……ふうん」
 あ、ちょっとムッとした。鼻の頭に皺が寄っていて可愛い。大人ぶってるところがあるのに、やっぱりまだまだ子どもなんだなあ。密かに笑っていると、顔に影が掛かった。そして、童帝の顔がすぐ目の前に迫っていて。
「え、ちょ、何――」
 むちゅん。
 音にすればそんな感じだろう。童帝の唇は柔らかくてふわふわしていた。呆気にとられていた名前は彼が自分にキスしていることどころか、そのまま舌が入ってきていることにまで気付くのが遅れた。童帝は口と口をくっつけている間、一度も瞬きをしなかった。多分、名前は体格差に任せて彼の肩を押すなりなんなりするべきだったのだろうが、小さな彼がバランスを崩して転倒するのが恐ろしかったし、何よりも何が起きているのかいまいち解っていなかった。小学生にキスされてる? というか飴玉とられた。

 ぷはっ、と、童帝が名前から顔を離した。彼は澄ました顔をしているが、多分――名前の顔は赤く染まっている。
 童帝にキスされた。小学生に。キス。しかもお休みのキスとかそんなんじゃなくて、もっとこう、漫画で見るような長いやつだった。もっとも、ロマンチックの欠片もなかったが。
「な、何、な――」
「コーヒー味か」童帝が言った。「あんまり好きじゃないんだよね」
「しかもこれ、ノンカロリーのやつでしょ。返そうか?」
「っ――結構です!」
 ますます顔を赤くさせた名前を見て、童帝はけらけら笑った。


「もうやだ……お嫁行けない……」
「僕が貰ってあげるから心配しなくていいよ」
「!?」

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