手前勝手な女

これの続き

「ねえちょっと」
 背後から声を掛けられて、名前はゆっくり振り向いた。見覚えのある顔だった。確か、フブキの姉の……名前までは覚えていない。くるりと巻かれた緑色の髪、子供と見紛うような体躯、そして、圧倒的な超能力者としてのオーラ。一度か二度、学生時代にも会ったことがあるように思う。暫く名前は彼女を眺めていたが、やがて「何か?」と問い掛けた。もうすぐ、タイムセールが始まる。
「フブキのお友達でしょ?」
「はあ……まあ……」
 名前の煮え切らない返事に、フブキの姉はぴくりと眉を動かした。姉妹揃って短気なことだ。――そう、確か名前はタツマキだ。戦慄のタツマキ。

 そういえば、どうして彼女は俺がフブキ組の一員だと知っているのだろう。彼女の思考を読もうと思えばその理由を知ることができるだろうが、逆に言うと彼女もそれを防ごうと思えば防げるだろう。別に喧嘩を売りたいわけでもなし、名前はただ黙ってタツマキを眺めていた。
 あれか、妹の身辺に居る人間の素行は、全て把握済ということか。
 名前は会社勤めをやめてから、フブキに言われた通りヒーローになり、彼女の傘下に入っていた。フブキが言ってみせた通り今ではB級ランカーで、彼女の後をついて回っている。不本意だが、本意でもあった。折角入社した企業を退職するのは不本意だったが、フブキの身近にいられることは、俺の何よりの喜びでもあったのだ。我ながら、下っ端根性が染み付いている。フブキのことは好きだったが、それ以上の関係になりたいとは名前は思っていない。思っていないこともないが、思っていない。
 そうした名前の経歴を、彼女は知っていたのだろう。タツマキは不満げに名前を見ていたが、やがて「何であんたがB級組に居るの?」と言った。
「B級組……?」
「フブキが徒党を組んでいるでしょう」
「ああ、フブキ組のことですね」
 フブキから姉の話はあまり聞いたことがない。せいぜい、目の上の瘤のような存在だということくらいか。それにしては、姉の方は随分と妹のことを気に掛けているようだ。でなければ名前のことなど知らないだろうし、わざわざこうして声も掛けたりしないんじゃないか。
 S級ヒーローを前にして、名前は返答に困った。
 もう、安売りが始まってしまうのではないか。
 タツマキを見ながら、その眉間に皺の寄った様がフブキによく似ているなと、ぼんやり思った。
「あんたの実力なら、A級に居てもおかしくないんじゃないの」
「……はあ」
 再び、彼女の眉がぴくりと動いた。
 強い能力者は相手の力量が解るというが、彼女の場合もそうなのだろう。確かに、超能力を使った純粋な力比べなら、名前の超能力はフブキのそれを凌駕している。しかし名前はフブキの上に立ちたいとは思わないし、彼女に近い位置に居られるからフブキ組に入ったのだ。もしも名前がフブキのランクを抜かしでもしたら、彼女はもう名前を見てはくれないだろう。名前は彼女の考え方を理解しているつもりだし、あえて怒らそうとも思わない。

 名前は頭を掻いた。結局、「会長には、色々と世話になっていますので」とだけ言った。嘘ではない。
「思い出したわ。あんた、高校の時もフブキに付き纏ってたわね」
「……まあ……」
 そうです、と名前は呟いた。付き纏っていたなどと言われるのは心外だが、実際その通りなので致し方ない。
「その歳になってもまだ自主性がないわけ? 呆れた。あんたがフブキに付き纏うのは勝手だけど、いつか後悔するわよ」
「……肝に銘じておきます」
 俺がフブキと一緒に居て、後悔するわけないじゃないか。
 名前の顔を睨み付けるようにして見ていたタツマキは、やがてどこかへ行ってしまった。名前は暫くしてから歩き出し、スーパーマーケットへと足を向ける。急げばタイムセールの時間内には辿り着くだろうが、もう目ぼしい商品は売り切れてしまったかもしれない。
 しかし戦慄のタツマキは、名前に何を言いたかったのだろう。純粋に、超能力の強さとヒーローランクが比例していないことを疑問に思っただけ?

 名前がタツマキの言わんとしたことを知るのは、それから一週間後のことだった。

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