これは童帝専用

「あ、童帝くんだ」声を掛けられたと思えば、それは見知った女子高生だった。「飴ちゃんをあげようね」
 童帝は眉を顰めた。
「名前さん、思いっ切り子ども扱いだよね、それ。僕S級ヒーローなんだけど? 失礼にあたるなー、とか考えないの?」
「飴ちゃん嫌いなの?」
「僕の質問に答えてよ」
 答える気がないらしい。にこにこと笑いながら棒付きの飴を差し出してくる名前を仏頂面で眺めながら、童帝は渋々とその飴を受け取った。橙色に透き通る安っぽいそれは、オレンジ味だろうか。
 人工甘味料の塊でしかない飴を、童帝は好んでよく舐める。オレンジだろうと、何だろうと。同世代の誰よりも脳を使う童帝は、すぐに糖分が足りなくなる。飴は糖分の補給にちょうど良かったし、棒が付いていれば戦闘中にうっかり喉に詰まらせることもない。飴自体に拘りはなかった。ただ、名前から受け取る飴は何故だかどれもこれも美味しくて、減らず口を叩きながらも結局は受け取ってしまうのだ。

「名前さんさあ、いつも飴持ち歩いてるけど、高等学校って菓子類持ち込んでいいわけ?」
「こういうのをね、友達とね、交換したりするの、凄い楽しいんだよ」話を逸らされる。「童帝くんは……友達居ない系?」
「失礼だな! 今日はたまたまだよ! 僕はこれから塾なの!」
「ふうん」彼女は、その一言一言が幼い少年の心を抉るかもしれない、とは考えないのだろうか。相手が僕じゃなかったら、きっと嫌われてるぞ。
 もう一度、彼女は「飴ちゃんをあげようね」と言った。童帝の言葉を、強がりからのものだと受け取ったのだろうか。とびっきりの顰め面で睨んでも、彼女には少しの効果もなかった。仕方なく、また飴を受け取る。黄色い。
「友達と一緒でもいいからね。私、まだいっぱい飴ちゃん持ってるから」
「……余計なお世話!」
 七歳年上の名前さん。親同士の付き合いから、よく昔は一緒に遊んだ。もっとも今思い返せば、当時から彼女は子どもに対する扱いがなっていなかった。彼女は童帝の気が長いことに大いに感謝するべきだし、それは今だって変わらない。童帝が小学校に上がった頃には一緒に遊ぶなどということはなくなったが、それでも時々会った名前は童帝を可愛がってくれた。彼女が高校生になったからか、それとも童帝がS級ヒーローになったからか、彼女に会う機会は随分と減ってしまったが、今日のように遭遇することも稀にある。名前はいつも、棒の付いた飴を童帝にくれた。
 ふと隣を見ると、名前が取り出した飴の包装を破いているところだった。ビニールに包まれたそれを、慣れたようにぴりぴりと破く。童帝は赤い飴が彼女の口の中に消えるのを、何故だかじっと見ていた。名前と目が合う。
「……イチゴ欲しかった?」
「いらない!」
 顔がカッと赤くなった。
 別に、イチゴ味の飴が欲しかったから見ていたわけじゃない。いくら彼女の差し出す飴が美味いからと言っても、人が食べているのをみて欲しくなったりはしない。ただ、どうして見ていたのかと問われると返答に困る。彼女がそれ以上追及しないようにと願っていると、名前は何も言わず、ただ「ごめんね」と謝った。
「イチゴは売り切れです」
「いらないったら……」
 よほど物欲しそうな顔をしていた、のだろうか。
 童帝は自分に嫌気がさした。そりゃ、彼女がくれる飴は安物の筈なのに不思議とどれも美味しくて、実のところ妙な強がりはせずに貰いたい、と思わないこともない。だからといって、自分から強請ることはできない。それに付け加えて言うならば、彼女がイチゴ味を好んでいることは知っているから、わざわざそれを欲しいとも思わない。

「これでよければあげようか」
「は?」
 隣を歩く名前が、特に気に掛ける様子もなく、自分の口元を指して「これ」と言った。
「だから、これで良ければあげようか」



 彼の顔、イチゴみたいな色してたなあと、走り去って行った童帝の背を見送りながら名前はぼんやり考えた。それから鞄の中から小袋を探し出し、イチゴ味の飴玉を見付け出した。ぺりぺりと包み紙を剥ぎながら、棒の付いていないそれを口の中に放り込む。彼は私がショタコンでないことを感謝するべきなのだ、多分。

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