死因は心臓麻痺

「いてっ」と小さな声が聞こえてきたような気がして、ゾンビマンはその声の主に目を向けた。俺の恋人のC級ヒーローに。どうやら先程の攻撃を避け切れなかったらしく、彼女の太腿から血が流れているのが目に付いた。自分の体中の血液が、沸騰するのを感じる。命乞いしてももう無駄だクソ野郎。
 ゾンビマンは拳銃と、それから手斧を構えた。
「三分でケリつけてやる」


「名前っ!」
 宣言通り三分足らずでハリネズミのような怪人の頭を切り落とすと、ゾンビマンはすぐさま名前の元へ向かった。大股で走る、その調子と同じタイミングで、心臓が飛び跳ねているように感じる。それでも名前はゾンビマンを見ると、嬉しそうに笑った。その笑顔につられ、此方も笑顔になる――が、それどころじゃない。
「大丈夫か? 歩けるか? 痛くはないか?」
「そんなに続け様に聞かれても、答えられないよ」
「名前!」
 俺の心配とは裏腹に、へらへらと笑っている名前。ああ可愛い。
 どうやら、見た目に反し、さほど深い傷ではないようだった。本当にほんの少し避け損ねただけなのだろう。しかし、だからと言って先の怪人を許せるわけじゃない。俺の名前に怪我させやがって。百回生き返って百回死ね。

 天気は晴天、絶好のデート日和だった。しかし、それが仇となったのか。大人しく家でのデートしておけば良かった。
 だから俺が倒すからと言ったんだ、そう言おうとしたが、彼女を責めたくはなかった。むしろ、怪人だろうと何だろうと果敢に向かっていく彼女が好きなわけで……まあ自分の実力ぐらい把握して欲しいとは思うが、それとこれとは別の問題だ。多分。
「大丈夫大丈夫。血は出てるけど、そんなに深くないから」
「ほんとに大丈夫か?」
「だいじょうぶ!」
 にこにこと笑う名前。痛覚無いんじゃないだろうな。
 ゾンビマンには人の怪我の程度が解らない。自分の体が驚異的な回復力を持っているものだから、普通の人間がどのくらいの怪我で動けなくなるのか、どのくらいの怪我が致命傷になるのかいまいち解らないのだ。自分だったら一瞬で治ってしまう怪我も、他の人間にとっては致命傷となり得るのかもしれない。名前の怪我の深さに気付かず、見過ごして、彼女を失ってしまうのが何よりも怖かった。
「本当に、本当に大丈夫か?」
「大丈夫だよ、ゾンビマン。そんなに心配しなくても」
「いつか俺はお前に心臓麻痺で殺されるんじゃねえかと思うぜ……生き返るけど……」
 言葉の真意が掴めなかったらしい彼女に、「それだけ心配してんだよ」と付け足した。再び名前が笑う。
「ゾンビマンが死んじゃったら、やだなあ」
 そう寂しそうに微笑む彼女が、とても可愛らしいわけで。

「俺は、死なない!」ちょっと顔が熱くなった。
「だから名前も怪我すんなよ」
「えへへ……うん!」
 背負って病院まで行くぞと言ったら断られた。



「またやっちゃった」
「名前……」
 額からだくだくと血を流す恋人に、今日も血の気が引きそうだ。

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